日々小論

  • 印刷

 各都道府県の教育委員会が、この時期に「教科書展示会」を開いている。近くの図書館で、来年度に使われる高校用の教科書を見てきた。目当ては選択科目の「論理国語」だった。

 新学習指導要領で「現代文」が「論理国語」と「文学国語」に分かれた。前者は実用的文章を学ぶ科目。「小説、物語、詩などの文学的な文章を除く」とされ、文学を学ぶ機会が減る-と教育現場などで反発が出た。

 無味乾燥な教科書かと予想していたら、意外に面白かった。小林秀雄らによる評論文をはじめ、本紙寄稿者でもある鷲田清一さんや平田オリザさんら第一線の学者、文化人が書いた文章など多彩な教材が並ぶ。

 ただ、教えるのは大変だろうとも感じた。教科書は読み書きの方法論を説くが、読書経験の乏しい生徒が理屈から入るのは難しい。教材には判決文や履歴書も含まれる。こうしたものを授業で見て、論理的な文章への興味が深まるとも思えない。

 判決文で思い出すのは、岩波国語辞典で知られる岩淵悦太郎編著の名著「悪文」だ。伝わる文章の作法を説くこの本で「悪文のチャンピオン」とされたのが判決文だった。ひどく長い文の集まりで、主語と述語とが遠く離れていると手厳しい。1960年初版なので、あくまで昔の裁判官への批評だが。

 悪文の逆、名文の条件の一つは音感だと同書は言う。「歯切れのよさ、文章の切れあじ、というものは、文の切れつづきの意味上の深みとともに、文章の音感によって生まれる」。例に挙げるのは森鴎外の小説など。「論理国語」が除く文学だ。

 音感などは、名文をいくつも読んで身につけるしかないものだろう。「論理」と「文学」は簡単に分けられそうにない。

日々小論の最新
もっと見る
 

天気(8月17日)

  • 31℃
  • ---℃
  • 60%

  • 29℃
  • ---℃
  • 70%

  • 32℃
  • ---℃
  • 60%

  • 31℃
  • ---℃
  • 80%

お知らせ