日曜小論

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 脳裏から離れない1人の女優の死がある。

 移動劇団「桜隊」のメンバー、園井恵子さんは73年前、広島で被爆した。公演準備で滞在中の出来事だった。数日たって、復旧したばかりの列車に乗り込み、神戸の知人宅に避難した。だが、髪の毛が抜け、高熱や出血が続くなど体調が急変し、原爆投下から15日後に帰らぬ人となった。

 彼女のことを知ったのは、新藤兼人監督のドキュメンタリー映画「さくら隊散る」(1988年)を見たのがきっかけだ。死の床に就いたときの再現シーンが生々しく強烈だった。岩手県出身で、元タカラジェンヌという経歴も印象に残った。

 宝塚歌劇団時代は、多彩な役柄を巧みに演じる男役だった。退団後、映画「無法松の一生」(43年)に出演し、阪東妻三郎さんの相手役を務めて、一躍脚光を浴びた。清楚(せいそ)な美貌と演技力で将来を嘱望された人だったという。

 日中戦争以降の戦いで300万人を超える日本人が犠牲になった。原爆で亡くなったのは、45年末までに広島で14万人、長崎では7万人とされる。園井さんのように、放射線に体をむしばまれて命を落とした人も大勢いた。

 6年前に逝去した新藤監督は、自著「いのちのレッスン」(青草書房)で、原爆を巡って「人間の作った地獄の正体から、人間は目を背けてはならない」と述べている。

 今なお後遺症に苦しむ被爆者は少なくない。だが、高齢化が進み、原爆の記憶はどうしても薄まっていく。今に生きる私たちに課せられた使命は、事実を先の世代へとしっかりバトンタッチするとともに、地球上から核兵器をなくすすべを考えることだ。こう改めて実感する。

 広島の空をきのこ雲が覆った8月6日はくしくも園井さんの32回目の誕生日だった。

 一度ゆかりの地を巡ってみたい。「もっと演じたかった」。彼女の無念の叫びが聞こえてきそうな気がする。

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