日曜小論

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 尼崎に長年暮らした写真家井上青龍さんが亡くなって、30年。回顧展の図録を開いて見入るのは、やはり代表作の釜ケ崎だ。

 大阪市西成区の一角、労働者の街にカメラは向き合う。日雇いの仕事を求める群衆。コップ酒とめし。ドヤ(簡易宿泊所)という名の仮の宿。そして、あの1961年夏の第1次暴動-。

 「人間そのものが泣きたくなるほど好きになり、死んでしまいたいほど嫌いになる」と井上さんが表現した場所。世間的には、怖く、汚い街と負のイメージだけが長く独り歩きしてきた。

 その「ニシナリ」に、地価上昇の波が押し寄せている。西成区の路線価は最高地点で5・6%増と、近畿の中でも高水準の上昇率を見せた。

 インバウンド(訪日外国人客)効果だという。ミナミに近く、交通至便で、宿泊料金は安い。相次ぐ外国人向けのゲストハウスや都市型ホテルの建設が背景にあると、各紙はトピックに取り上げた。

 変化は急に起きたわけではない。長い不況と高齢化で、労働者の街は「福祉の街」に変わる一方、安さに引かれた学生やサラリーマンの宿泊も増えていた。大阪市の「西成特区構想」は地域活性化をうたい、環境改善や自立支援を進めた。その延長に、都市の再開発が動きだしている。

 10年ほど前には、西成に就職活動で泊まる学生が、メディアに取り上げられていた。「安さが大事」なだけで、街については「知らなかった」という屈託ない答えが気にかかかった。

 非正規労働が拡大していく時代に、その原点というべき場所が見えなくなっていく。偏見から解き放たれることは大事だが、無関心とは違う。再開発とは、街の成り立ちにふたをすることではない。

 今年もお盆には、釜ケ崎夏祭りがある。近くにそびえ立つあべのハルカスからは見えない社会のひずみが、そこでは見える。

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