論ひょうご

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 このところ、「引き際」について考えさせられるような出来事が相次いだ。

 国政の場では、前防衛大臣があきれるような失言を繰り返した。情報の隠蔽(いんぺい)を疑われるような事態となっても、型通りの謝罪の言葉を繰り返して居座り続け、最後は世論に追い込まれるような形で辞任した。大臣のいすに、そうまでしてしがみつきたかったのだろうか。

 神戸市議会でも、政務活動費を不正に流用したとして3人の議員が起訴され辞職したが、やはり辞める決断をするまでには相当な時間がかかった。不祥事を追及された時、議員や政治家が口にするのは「説明責任を果たす」とか「職責を全うすることで責任を取りたい」などという決まり文句だが、裏切られた有権者の怒りは、まったく感じていないように聞こえる。辞職した神戸市議は、会見すら開いていない。

 引き際で思い出すのは、かつてお会いした丹波市のある神社の宮司さんのことだ。奈良時代創建と伝わる由緒ある神社で、この方は県立高校の校長も務めたこともある地元の名士だ。教育者らしく自然保護や青少年活動の支援などに熱心で、常に周囲への気配りを忘れない人だった。

 闘病生活の末に亡くなったのが一昨年秋。さまざまな団体の役職を引き受けておられたが、病状が悪化して再入院するまでに、関係する多くの団体に自ら連絡してすべてを辞し、最後は病床で苦しい息の下から、電話で氏子葬の葬儀委員長を知人に依頼し、間もなく息を引き取ったそうだ。

 氏子葬で葬儀委員長が読み上げたご本人からのメッセージは「迷惑を掛けて申し訳ない」という趣旨だった。自ら死後の準備を進める「終活」という言葉を書籍や雑誌でよく目にするが、これほど見事な引き際を私は知らない。

 引き際というのは仕事であれ人生であれ、確かに難しい。特に政治の世界では、議員引退後も長く実質的な影響力を行使し続けている例は多い。元首相が「キングメーカー」などと呼ばれ、後継者選びに関与し続けたこともあった。一度手にした権力や名誉を手放すのは簡単でないようだ。

 しかし彼らは選挙を通じて有権者の負託を受け、大きな権力を手にしている。そこのところはしっかりと自覚して、せめて引き際は美しくあってほしい。

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