先日、山城跡めぐりに出掛けたら、あっちでチリン、こっちでチリン。鈴の音とともに携帯ラジオの音声も聞こえる。兵庫中部の鉄道駅に近い山道だったが、どなたもクマ用心である◆ツキノワグマは元来臆病というし、童謡「森のくまさん」の日本語詞は「おじょうさん おにげなさい」と優しい。ぬいぐるみやキャラクターでも不動の人気を誇る。実際はむろん、不意に出くわしたら危ない◆人がクマに襲われる事故が全国で相次ぐ。死者も出た。怖がりのはずのクマが近ごろは山里のみならず、半ば命がけで市街地までやって来るのはどうしてか。石川県では商業施設に侵入し、住民を恐怖に陥れた◆「くま。おれはてまえをにくくて殺したのでねえんだぞ」とは、宮沢賢治の童話「なめとこ山のくま」に出てくるクマ撃ち名人のせりふだ。クマたちも実は名人を慕い、離れたところから黙って彼を眺めている◆クマと人との間にはきっと「なめとこ山」のように互いを畏怖して近づかぬ、絶妙の間合いがあったのだろう。それが山のエサ不足や人里の過疎化などでクマの行動範囲が広がり、距離感にも変化が生じている◆「路上に親子3頭」「成獣」と最近の本紙地域版が各地の目撃談を伝える。緊張の強いられる暮らしを思う。2020・10・30
