正平調

時計2021/07/17

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作家、黒井千次さんの随筆に家の匂いにまつわる一節があった。「昔の家には、部屋ごとに匂いがあったような気がする」。あまり人けのなかった納戸の匂いがとりわけ印象に残る、と◆「ひっそりと黴(かび)臭い、それこそ時間の澱(おり)のような匂い」であったという。古いタンスや行李(こうり)がしまわれた暗い収納部屋は子どもにとって格好の遊び場で、隠れ処(が)だったと、昔を振り返って黒井さんは書いている◆納戸という言い方そのものが郷愁の対象になりつつある今も、「時間の澱のような匂い」の記憶は人それぞれにあるだろう。きのうの本紙発言欄で、実家の匂いが宅配便で届いたという30代女性の投稿を読んだ◆コロナ禍で長らく帰省を控えている女性のもとには、実家から野菜や米の詰まった心づくしの定期便が届く。あるとき箱を開けたら、ふと懐かしい匂いがした。両親の顔が浮かんで、胸が締めつけられたそうだ◆思い出す歌がある。〈ダンボールにわが家の空気も詰めやらん単身赴任をする夫のため〉(前川真佐子)。わが家の匂いとは不思議で、住んでいるときは分からず、久方ぶりの“対面”でそれと知ることが多い◆箱に詰まった懐かしの空気は嗅覚の記憶をはっと呼び覚まし、風となって胸の奥にあるアルバムをめくる。2021・7・17

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