正平調

時計2021/09/07

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「美談」に異論が出ている。戦国時代に三木城主別所長治(ながはる)と羽柴秀吉が戦った三木合戦で、長治は自刃して城兵を救ったと伝わる。実は大量に殺されたという。三木市立みき歴史資料館の金松誠さんの近著「秀吉の播磨攻めと城郭」で知った◆当時の書状の「悉(ことごと)く果たさる」という記述などが根拠という。反論も出された。金松さん自身は「全員殺害されたとは考えにくいが、助命の規模は検証が必要」とする◆長治は、自身や妻子の命と引き換えに下々を救った英雄として地元で神格化されていった。助命の対象者も、文献には「城兵」とあるのがいつしか「領民」に広がった◆三木城本丸跡を歩くと、長治人気を実感できる。遺徳を慕ってか多くの施設が集まった。金松さんによると、神社などの宗教施設が6カ所あり、慰霊碑も林立する。とりわけ目を引くのが辞世の歌を刻んだ碑だ◆〈今はただうらみもあらじ諸人(もろびと)のいのちにかはる我身(わがみ)とおもへば〉。現在の碑は2代目で、太平洋戦争中に在郷軍人会が建てた。陸軍大将が揮毫(きごう)している。城兵を救った自己犠牲が当時の世相に合ったのだろう◆金松さんは、長治が神格化された経緯も研究したいという。ベールを丹念にはがせば、23歳で散った若者の素顔が見えるかもしれない。2021・9・7

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