正平調

時計2021/09/21

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駿河など2国の戦国大名、今川義元の母寿桂尼(じゅけいに)は、幼少の子息に代わって国を治めた。内・外政ともに手腕を発揮し、女戦国大名と称される。その寿桂尼に先駆けて手腕を振るった女性が播磨にいた◆管領(かんれい)家細川氏の娘洞松院(とうしょういん)である。出家していたのを呼び戻されて播磨守護赤松氏に嫁いだ。婚礼前、実家に「鬼瓦」と落書きされたという。個性的な人物だったようだ◆夫政則の死後、男子がいなかったため親戚筋の他家からむこ養子を迎える。幼少ゆえ洞松院が執政を担った。京都橘大副学長の野田泰三さんは「内政の評価は分かれるが、外交面の功績は非常に大きい」と話す◆養子義村と細川高国が対立し、一触即発になった時、洞松院は自ら交渉に乗り出した。おばとおいの関係も生かし見事に和睦を取り付ける。夢前川沿いの置塩を文化拠点にしたのも彼女の人脈あってこそだろう◆政治家は政局でのしたたかさも必要だ。急速な改革を進める義村を、重臣浦上村宗(むらむね)が謀殺した際、洞松院は娘瑞松院(ずいしょういん)と共に村宗にくみし孫の政村擁立を支えた。次の政権でも隠然たる影響力を残したに違いない◆自民党総裁選が始まった。女性候補が複数立つのは初めてだ。派閥の縛りが緩い状況でもある。洞松院に負けぬ個性の発揮を望みたい。2021・9・21

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