社説

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 きょうは「憲法記念日」。

 安倍晋三首相が憲法9条に自衛隊の存在を書き加える独自の改憲案を公表したのは、昨年のこの日だった。

 この1年、紆余(うよ)曲折を経ながらも、自民党内では首相案を軸に検討が進められた。早ければ秋の臨時国会で改憲発議へ-との思惑が見て取れる。

 だが、ここにきて雲行きが怪しくなってきた。公文書改ざんの発覚や財務省前事務次官のセクハラ問題などが重なり、政権は窮地に陥っている。とても改憲を論じる状況ではない。

 見方を変えれば、政治の動きが止まっているいまは、国民が憲法についてじっくり考える、良い機会といえるだろう。

      ◇

 言うまでもなく、憲法は国民の名の下に定められた最高法規で、改正するかどうかは最終的に国民投票で決まる。

 憲法96条には、衆参の3分の2以上の賛成で改憲を発議し、国民に提案し承認を経なければならないとある。政治主導の改憲を認めているようだが、それは手順にすぎず、政治家が何でもできるわけではない。

主役不在の改憲論議

 そもそも憲法は主権者の国民が国家権力を縛るもので、憲法を順守すべきは政府や国会議員など国民を統治する側だ。普通の法律とはそこが異なる。

 国民の主権をないがしろにするような改憲の企ては「自殺行為であって論理的には許されない」。憲法学の権威、故芦部信喜・東大名誉教授は著書「憲法」で明快に断じている。

 その点で、2012年に自民党が公表した憲法改正草案には多くの疑問符が付けられた。

 憲法の大原則である基本的人権の条項に「自由と権利には責任と義務が伴うことを自覚」との文言を加える。「生命・自由・幸福追求権」などでは、現行の「公共の福祉に反しない限り」を「公益及び公の秩序に反しない限り」と変える。

 草案の解説資料は「個人が人権を主張する場合に、他人に迷惑を掛けてはならないのは当然のこと」と強調する。

 一見もっともに聞こえるが、国民の自由や権利を守る憲法に人権の制約を盛り込むのは筋違いとの指摘がある。「西欧の天賦人権説に基づいた規定は改める必要がある」との記述に至っては、各国で共有される人権思想への否定的な響きがある。

 当時、自民党は野党で、保守色を鮮明にして与党・民主党との違いを際立たせる必要があった。だが、これでは国民の理解は得がたいと考えたのか、いま首相の下で議論される改憲の条文案は全く別のものだ。

 最たるものが「戦力不保持」と「交戦権否定」を定めた9条2項を残したまま自衛隊の存在を追記する首相案である。

 改憲草案では、2項を削除した上で「国防軍」を保持すると書かれている。それを棚上げにし、9条改正に慎重な公明党との合意を探る戦略に転じた。

 もともと首相は現行憲法に違和感を表明し、改憲を悲願としてきた。2年前の国会審議では「2項を改正して自衛権を明記し、新たに自衛のための組織設置を規定するなど、将来あるべき憲法の姿を示している」と、党の草案に胸を張った。

 そうした姿勢の転換は、首相が改憲の中身より早期実現を優先した結果であり、ご都合主義の批判は免れない。さすがに党内でも異論が絶えない。

「この国のかたち」は

 「この国のかたち」は作家司馬遼太郎さんの言葉だ。平仮名の「かたち」には「なりたち」といった意味がある。

 作家の井上ひさしさんは「子どもにつたえる日本国憲法」の中で、司馬さんの言葉を借りて憲法の前文に「この国のかたち」というタイトルを付けた。

 井上さんは書く。「憲法は、その国の大もとを決めています(中略)憲法が、その国の性格を決めてしまうんですね」

 さらにこうも書く。

 人より目立つ前歯に恥ずかしい思いをしてきた井上さんは、いっそ歯を入れ替えようと歯科医に相談した。しかし「それではあなたの顔でなくなる。さまざまな思いの上にあなたの作風がある」と諭された、と。

 同様に「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」は憲法の個性であり、一つでも失われれば別のものになってしまうと井上さん。「この三つを簡単に変えてはいけないということをわかっていてください」と子どもたちに語り掛けた。

 首相も「国のかたち、理想の姿を語るのが憲法」と述べている。一方で「憲法は国家権力を縛る」という立憲主義を素直に認めようとはしない。首相が思い描く「国のかたち」は、日本という国の性格を大きく変えてしまう懸念が拭えない。

 時代に合わせて見直すべき点はある。だが改正を急ぐ必要はない。世論調査を見れば、国民の多くはそう考えている。

 この国のあるべき「かたち」とは-。政治家任せにせず、その答えは私たち自身が時間をかけて見いだしていきたい。

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