社説

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 「平成」が終わり、新元号「令和(れいわ)」の時代が始まりました。前の天皇陛下が退位されて上皇となり、皇太子さまが新しい天皇に即位されました。

 元首などの代替わりで改まる元号制度が残っているのは日本だけです。その意義をどう評価するかは人それぞれですが、世の中がことほぐ気分に包まれているのは確かでしょう。

 20世紀、21世紀と西暦が100年単位で流れる中で、元号は時代に区切りを付ける「句読点」のようなもの。作家の保阪正康さんはそう指摘しています。

 今回、代替わりの句読点はどんな意味を持つのでしょうか。

      ◇

 時計の針を24年前の1995(平成7)年に戻します。

 阪神・淡路大震災の被災地を当時の天皇、皇后両陛下が訪問されたのは、地震発生から2週間後の1月31日でした。

 神戸市東灘区の市立本山第二小学校で、大勢の被災者の出迎えを受けました。列をつくる一人一人と言葉を交わして歩かれる両陛下-。

 その時です。若い女性が突然泣き崩れ、美智子さまの肩に顔をうずめました。美智子さまは女性の肩を抱き「つらかったでしょう。怖かったでしょう」と声をかけられました。

 帰り際にはバスの窓越しに両手で拳をつくり、上下に動かす動作も。手話で「頑張って」と被災者を励まされたのです。

 お二人は兵庫にも何度か足を運ばれていますが、人々とこれほど近く接したことはあまりなかったのではないでしょうか。

 阪神・淡路に限らず、お二人は大災害の被災地に精力的に足を運ばれました。91年には長崎県に雲仙・普賢岳噴火の避難者を見舞われ、避難所で膝をつき被災者らをねぎらう姿が話題になりました。

明確な定めもなく

 昭和天皇も被災地を訪問されています。しかし、お二人のように被災者と間近に接することはありませんでした。

 前の陛下が3年前に退位のお気持ちを公表されたお言葉に、次の一節があります。

 「時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えてきました」

 神戸で被災者と抱き合われた美智子さまの行動も、そうした姿勢の表れでしょう。平成の時代にすっかり定着した「身近な天皇、皇后」像は、お二人が象徴としての「あるべき姿」を模索された結果といえます。

 ただ、そうした象徴としての「お務め」は憲法に書かれていません。天皇の活動は「憲法の定める国事行為のみを行う」と規定されています(4条)。

 その国事行為も、内閣の助言と承認によるものとして、国会召集や衆議院解散、法律や政令、条例の公布など10項目が掲げられているだけです。

 新嘗祭(にいなめさい)などの宮中祭祀(さいし)は皇室の「私的行為」とされています。被災地への訪問は、国事行為でも私的行為でもない「公的行為」との位置づけです。でも何をどのように行えばいいか、明確な決まりはありません。

答えを探し続ける

 「天皇はただ国民のために祈るだけでいい」という意見があります。実際、雲仙・普賢岳のお見舞いの際も「陛下は『お堀』の内で祈っていればよい」との批判的な声が聞かれました。

 こうした「古い天皇像」にお二人がまったく納得されていないことは、慰霊の旅も含めた活発な行動が示しています。

 憲法が定める「国民統合の象徴」を実のあるものにするために何をすればいいのか。

 誰もはっきり答えを示さない「空白」を埋める努力を、平成の30年間、身をもって続けられたと考えるべきでしょう。

 作家の赤坂真理さんは話題の小説「箱の中の天皇」の中で次のように問い掛けます。

 「天皇が日本の象徴であり、国民の象徴であるなら、行動を問われているのは国民」「わたしは天皇のように行動できるか、わたしが天皇だとしたら、どう行動するのか」

 天皇や皇室をあがめるだけなら、犠牲者を追悼し傷ついた人たちに寄り添う姿をただ遠巻きにするだけなら、自分たちとの距離は縮まりません。

 象徴に何を望むのか。そして主権者である国民は、よりよい未来に向けてどう生きるのか。この問いの答えを一人一人が探し続けることが大切です。

 「平成流」と言われた前の陛下の実践を引き継ぎ、象徴のあるべき姿を国民とともに探求する。そうした道を新しい天皇陛下も歩まれることでしょう。

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