社説

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 広島はきょう、原爆投下から74年を迎えた。

 国内では戦争の賛否を軽々しく語る政治家が現れ、「不戦の誓い」が当たり前でなくなる時代を予感させる。世界に目を向ければ、超大国のトップが核戦力強化を公言するなど「核なき世界」は遠ざかるばかりだ。

 身を削るように反戦平和と核廃絶を訴え続けてきた被爆者は高齢化し、いつまでも頼れない。その願いを引き継ぐため、何をどう伝えるのか。記憶と理念を次世代に継承する取り組みが重要性を増している。

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 本館のリニューアルを今年4月に終えた広島市の原爆資料館を訪ねた。

 1955年の開館以来3度目の大規模改装で、重視したのは遺品や写真などの実物資料を軸に被爆者一人一人の視点で「被爆の実相」を伝えることだ。当事者なき後も、説得力を持ってヒロシマを語り続けるには-。有識者が約8年半にわたり議論した結果という。

「実物」で伝える意味

 象徴的なのは、“見どころ”の一つだった「被爆再現人形」の撤去を巡る議論だろう。皮膚が垂れ下がり、がれきの中をさまよう等身大の姿は「原爆の残酷さが伝わりやすい」などとして市内外から撤去反対の意見が多数寄せられた。一方、当の被爆者からは「あんなもんじゃなかった」との声があった。

 存命の被爆者が目にするおそらく最後の資料館の姿になる。論争の渦中にあった志賀賢治前館長は「当事者に否定される資料を事実のように展示していいのか。それを指摘してくれる人さえいなくなる。そのときに備え、確かな実物で伝える方針は揺らがなかった」と振り返る。

 順路の始まりには、学徒動員の作業中に犠牲になった23人の衣服や持ち物などを一見無造作に置いた。周囲に高熱で溶けた鉄骨や焦土の写真などを配し、そこに居合わせたような感覚を呼び起こす狙いだ。

 被爆直後の記録写真が少ない中、逃げ惑う市民や遺体の様子、様変わりした風景を被爆者たちが描いた「原爆の絵」も重要な位置を占めている。

 一方で、被爆のむごさを強調するあまり、被爆者を絶望や孤独に追いやってきたという側面にも目を向ける必要がある。

 新たな展示では、貧困と病苦にさいなまれた被爆者の戦後にも焦点を当てている。

 漁師だった父親が被爆し、後遺症と生活の困窮の中で崩壊していく家族の変遷を約10年にわたり追った「N家の崩壊」は、写真家の故福島菊次郎さんの作品群だ。遺族や家族も、差別や偏見に苦しんだ被害者であったという事実を突きつける。

 今もなお体験を語らない被爆者は多数を占める。

 広島市立大の直野章子教授(社会学)=西宮市出身=は被爆者たちの「遭うたもんにしか分からん」という言葉と出会い、聞き取りを続けてきた。「体験した者にしか分からない」という拒絶や絶望の表現であっても、そこには「誰かに言葉を届けたいという願い」が込められていると考えるからだ。

 被爆者が語るには、被爆の惨状だけでなく、その後の苦悩や痛みに耳を傾ける「同伴者」が欠かせなかった。体験がなくても聴くことによってさまざまな被害を発見する。多くの聴き手との地道な共同作業が「ふたたび被爆者をつくらないという信念をつくり上げた」と直野さんは説く。

「同伴者」の使命とは

 「被爆体験の継承とは、被爆者が同伴者とともに築いてきた理念を次代に引き継ぐこと」(「原爆体験と戦後日本」)と直野さんは指摘する。ならば、証言や記録をたどることでも未来にバトンを渡せるのではないか。被爆者の体験に寄りかからず、何を継承すべきかを自ら考え、行動するしかない。

 核兵器廃絶を巡る国際情勢は厳しい局面を迎えている。

 米国とロシアが結んでいた中距離核戦略(INF)廃棄条約が今月失効した。地球上の核兵器の9割を有する二大大国間で貴重な歯止めが失われた影響は計り知れない。米ロ間に残った核軍縮の枠組み、新戦略核兵器削減条約(新START)も2021年に期限切れとなり、延長の可否は不透明だ。

 核拡散防止条約(NPT)が50年を迎える来年は国際社会の決意が問われる。被爆国の日本は、その先頭に立って知恵を出さねばならない。

 広島では原爆資料館を訪れる外国人が年々増えている。館内に置かれた「対話ノート」は多彩な言語で書き込まれ、「平和」を願う記述が多いという。展示に触れた人なら、国を問わずたどり着く答えなのだろう。

 世界に核兵器の非人道性を伝え、廃絶に向けて共に歩もうと呼び掛ける。被爆地の役割と可能性は広がる。

 私たちは、核時代の現実を生きている。原爆を生き延びた人の願いを受け止め、自分の言葉で次世代につなぐ。それが「同伴者」としての使命である。

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