社説

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 「終戦の日」を迎えて、考えたいことがある。戦争は過去のものといえるのか、歴史を繰り返す恐れはないのかと。

 「逆コース」という言葉が登場したのは、戦後わずか5年ほどのころだった。新憲法の制定で日本は「平和国家」の道を歩みだしたはずなのに、東西冷戦の下で再び軍備を持ち、米軍との連携を強めていく-。

 かつて歩んだ道への回帰を危ぶんだこの言葉を、改めて思い起こしたい。

 気が付けば社会の「空気」が変わっている。その時には誰もあらがい難くなる。それが先の戦争の教訓なのだから。

      ◇

 74年前のきょう、昭和天皇の「玉音放送」で国民は敗戦と戦争の終結を知らされた。

 やっと終わったと心底からホッとした-。

 神戸大空襲を経験した舞台美術家の妹尾河童(かっぱ)さんは自伝小説「少年H」でそう書いた。もう空襲におびえることも、軍人の横暴にさらされることもない。心は安堵(あんど)と開放感に包まれた。

 同様の感慨を抱いた人は少なくなかっただろう。

 たび重なる空襲で、一般国民の犠牲はうなぎ上りに増えていた。敗戦時には国民の6割が日本の敗戦を覚悟するようになっていたとされている。

 しかし、国内を支配する「空気」はそうではなかった。

 少年Hはホッとしたにもかかわらず、奥歯をかんで悲愴(ひそう)な顔をする。「嬉(うれ)しそうな顔をしたら大変だ」と思ったからだ。

 日本の降伏が告げられても「そんなはずはあらへん!」という声が級友から上がった。「上陸してくる敵兵を一人でも二人でも殺してから死ぬ」。そう殺気立つ「徹底抗戦組」が多いことに、少年Hは驚いた。

 戦争はそれほど一般国民の意識に深く根を下ろしていた。

「日本必勝」の物語

 「必勝」を声高に叫んだのは軍部や指導者だけではない。だまされて動員されたとはいえ、国民の側も戦意高揚の旗を振らされ、批判を許さない「空気」を広めたことも事実だった。

 児童文学者の瀬名堯彦(たかひこ)さんは敗戦時のある逸話を紹介する。

 敗戦と聞いて反論した男の子がいた。「負けるもんか、潜水艦富士がいるじゃないか」と。

 「潜水艦富士」は空を飛ぶ潜水艦の名前だ。6門の大砲と最新鋭の光線兵器を備える。戦前の小説「昭和遊撃隊」に日本軍の秘密兵器として登場する。

 日本本土に押し寄せる米国の爆撃機を次々に撃ち落とし、最後は光線兵器を使ってせん滅する。米国は降伏し、日本は逆転の大勝利-という筋書きだ。

 そんな秘密兵器などあるはずがない。だが男の子は話を真に受け、勝利を信じていた。

 連載した雑誌「少年倶楽部(くらぶ)」は毎号、飛ぶように売れた。日米開戦の7年前のことだ。輝かしい日本の未来を描いた物語は若い世代をとりこにした。

 作者の平田晋策は赤穂市で生まれた。家は薬問屋で、旧制龍野中学校を中退し、神戸で救貧活動に身をささげる賀川豊彦の元に身を寄せ、作家菊池寛の書生にもなった。陸軍を除隊して軍事評論家と作家に転身した、数奇な経歴の持ち主である。

 日米戦記でベストセラー作家となった平田は、政治家を目指しながら、現実の日米開戦を見ずに神戸で事故死する。赤穂市立有年考古館が2014年に生誕110年記念の特別展を企画して足跡に光が当たった。

 当時は米国との国力差を分析し敗北を予測した本もあった。しかし空想小説の方が人気を博し、平田らは戦争への機運を高める役割を担うことになる。

理性的であること

 前東京都知事で作家の猪瀬直樹さんが著書「黒船の世紀」で当時の平田らの活動を詳細にたどった。妻は取材に対して次のように語っていたという。

 「本を読んで国のことを思って死んだ人がいっぱいいるかぎり、私は幸福になってはいけないのです」。妻は戦後も夫の影の部分を一人で背負い続けた。

 豊岡市を舞台に演劇とまちづくりに取り組む劇作家平田オリザさんは、医学者だった晋策の実兄の孫に当たる。

 オリザさんは自分をかわいがってくれた大おじ晋策の妻の面影を懐かしむ。作家・晋策については「科学的な知識を基にSF的軍事小説を書いた点が画期的だった」と評価する。

 その上で考える。「思想自体は楽天的で、とてもばかげたものだった。科学的であることと理性的であることは、別のものだということだろう」と。

 文筆で異彩を放った晋策も、当時の社会の流れに身を任せた国民の一人だった。

 日露戦争から時をへて生々しい戦闘の記憶が遠くなりはじめた時期に、戦意を高める未来戦記が登場し、世論に影響を及ぼした。戦後世代の政治家が「戦後の総決算」を口にする今の世相とどこか似ていないか。

 一人一人が理性的に考える。そうでなければ「空気」にのまれる。その危うさを平田晋策が生きた時代は示唆している。

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