社説

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 「新聞週間」は、報道の使命と責任を読者とともに考える機会として日本新聞協会が定めている。今がその期間で、21日まである。

 新聞などのメディアは国民の「知る権利」を守り、確かなものにする情報インフラだ。しかし、人々の目線は年々、厳しくなっている。

 取材姿勢や報道の中身に疑問を呈されることも少なくない。ネットではマスコミ批判が拡大する「炎上」もしばしば見受けられる。

 ニュースを届ける側と受け取る側にギャップが生じているとの指摘がある。だとすれば、どちらに取っても不幸な状況というほかない。

 ギャップを解消する努力は、まず持ってメディアの側の責務だろう。報道の役割への理解を深め、信頼を高めるよう努力を重ねたい。

 報道姿勢が議論を呼んだ最近の事例が、「京都アニメーション」の放火殺人事件を巡る問題である。

 7月に起きた事件では、京アニの従業員36人が犠牲になった。亡くなったのは21歳から61歳のアニメ制作者らで、著名な監督や中堅社員に加えて若手や女性も少なくない。

 犠牲者の人物像を具体的に伝えることで事態の重大性や理不尽さを浮き彫りにする。後日の検証が可能となるよう事実を正確に記録する。それには実名報道が不可欠というのがメディアの基本的な姿勢だ。

 今回も新聞や放送などは、京都府警が3回に分けて発表した全員の実名を報じた。併せて、遺族や関係者への取材にも動いた。

 批判が高まったきっかけは、京アニ側の弁護士が遺族取材と実名報道を控えるよう申し入れたことだ。

 以前から集団的過熱取材(メディアスクラム)が問題視されてきた経緯がある。そこで報道各社は代表社を決め、取材を受けるかどうか遺族の意向を確かめるなど、取り決めを設けた。取材が殺到して負担をかけることを避けるためである。

 とても十分とはいえないだろう。だが、メディアも自らを省みて変わろうとしている。報道は、事件や事故で傷つく一般の人々のためにこそあらねばならない。

 京アニ事件の遺族の大半は実名報道に同意していない。一方、「実名で」と望む声も聞く。心情は一様ではない。それだけにきめ細かく当事者と向き合う姿勢が大切になる。

 ただ、実名を公表するかどうかを警察が判断する現状は危ういというしかない。関係機関は実名などの事実を隠さず明らかにすべきである。

 その上で、伝えるか否かは重大性や遺族などの思いを踏まえ、メディアが責任を持って決める。「それでこそ」と賛同を得られるよう、読者との共感の輪をもっと広げたい。

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