社説

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 広島はきょう、原爆投下から75年を迎える。コロナ禍の中での経験したことのない「8・6」となった。

 平和記念式典は座席が例年の9割減となり、一般席は設置されない。国連のグテレス事務総長は出席を断念し、ビデオメッセージに切り替えた。ハトの訓練が十分できなかったとして恒例の放鳩(ほうきゅう)も中止される。

 規模縮小は3日後の長崎でも同様である。

 今年の式典はだからこそ、二つの被爆地から発せられる「核ゼロ」に向けたメッセージがより重要になるだろう。

       ◇

 1953年に公開された「ひろしま」という映画がある。長く「幻の映画」と呼ばれた作品である。

 「きけ、わだつみの声」などで知られる関川秀雄監督がメガホンを取り、月丘夢路さんや岡田英次さんら豪華な俳優陣も出演している。

 最も注目すべきは、実際に被爆した数多くの市民が協力し、身を削るような演技を見せている点だ。「お母ちゃん」。建物の下敷きになった女子生徒が何度も泣き叫ぶ。「寒いよ、寒いよ」と体を震わせるのは大やけどを負った男児だ。川に逃れてきた群衆は次々と力尽き流されていく。原爆症や被爆者差別の問題にも正面から迫っており、55年のベルリン国際映画祭で長編映画賞を受賞したというのも納得できる。

 原爆投下のわずか8年後に被爆者たちが立ち上がり、なぜこうした映画がつくられたのか。私たちに地獄の苦しみを与えた核が三たび使われることがあってはならない。このことを世界に強く訴えたかったからにほかならない。

問われる日本の役割

 被爆者の思いをよそに、核を巡る国際情勢は厳しさを増している。

 昨年8月に米ロ間の中距離核戦力(INF)廃棄条約が失効し、来年2月が期限の新戦略兵器削減条約(新START)延長交渉は米国が中国の参加を主張し停滞している。

 約190カ国が参加する核拡散防止条約(NPT)体制も揺らぐ。核を手にする国は、条約で認められた5カ国から9カ国に増え、核軍縮は遅々として進まない。一方で米ロ中はそれぞれ核の近代化を進め、「核のリスク」は高まる一方だ。

 唯一の被爆国である日本の果たすべき役割が問われている。

 米国の核軍縮専門家ウォード・ウィルソン氏は著書「核兵器をめぐる5つの神話」(法律文化社)で「日本こそが目撃者なのであり、世界は核兵器に関する真実について、日本に依存している」と指摘している。

 ここから気付かされるのは各国への影響力が考える以上に大きいということだ。日本政府はこのことを十分に認識し、核が悲惨な結果しかもたらさない「絶対悪」であり、一刻も早く根絶すべき「非人道兵器」であることを国際社会でもっと主張する必要がある。

進むべき道を明確に

 映画「ひろしま」はしかし、当時小規模な公開にとどまった。米ソの冷戦が激化する中、大手の映画会社が米国に配慮し、配給を拒んだためだ。その後、作品は人々から次第に忘れ去られていった。

 だが、近年国内外で再評価が進み、現在も大阪などでリバイバル上映されている。被爆直後の惨状を克明に再現しているだけでなく、何とも言えない力がみなぎっているからだろう。例えば何万という市民エキストラが原爆ドームに向かって一斉に行進するシーンでは、平和への思いとともに、静かな怒りのようなものも感じられる。

 被爆者たちが希望を寄せるのが核兵器禁止条約だ。核の保有や開発、使用などを威嚇を含め全面的に禁じ、最短距離での核廃絶を目指す。

 非核保有国が主導し、3年前に採択されたこの条約は、これまでに40カ国・地域が批准し、発効に必要な批准数は残り10となった。ただ、米国の「核の傘」に依存する日本は核保有国などとともに反対している。

 カナダ在住の被爆者サーロー節子さんは6月下旬、安倍晋三首相に書簡を送り、「日本政府が署名・批准を拒んでいることに被爆者は大変当惑しており、個人的には裏切られた思いだ」と訴えた。88歳の憤慨は私たちの胸にも深く響く。

 「核なき世界」を目指すと言いながら米国などの核戦力増強を明確に批判してこなかった日本政府は、結果的に被爆者の気持ちを踏みにじってきた。首相は、核の実相を最も知る被爆者の思いを真剣に受け止めるべきだ。そうすればおのずと進むべき道が見えてくるはずだ。

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