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 スマートフォンの料金を下げる。「デジタル庁」をつくる。行政手続きをインターネットで可能にする。

 昨年9月に就任するやいなや、菅義偉首相は矢継ぎ早に情報通信技術(ICT)関連の政策を掲げた。メリットを期待した国民も多く、就任直後は支持率を押し上げた。

 だがICTは、プラスばかりとは限らない。政府が自由を抑圧する手段にもなることが、世界的なコロナ禍の中で明らかになった。

 進化を加速するICT。その便利さに目を奪われず、民主主義の味方に取り込むすべが必要だ。

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 加古川市は昨年10月、インターネット上で市の施策に市民が意見を投稿する仕組みを立ち上げた。住所と氏名などを登録すれば、市民以外でもニックネームで投稿でき、投稿者同士も意見交換できる。スペイン・バルセロナ市などは導入済みだが国内自治体では初の試みだ。

 デジタル教育や快適に移動できるまち、インフラ整備など17の項目を設け、意見を募った。学校へのパソコン支給では「目に優しいブルーライト対策を十分に」などの意見が出た。公衆無線LAN網の整備では、市民の質問に別の市民が答える場面もあった。

同じテーブル囲んで

 行政が市民の声を聞くには、一般的にはパブリックコメントなどの方法が採られるが、一方通行になりかねない。この仕組みには「市民と共にまちをつくる」狙いがあると担当部局は話す。

 市側も「事務局」として意見を述べるが実現の可否には触れず、他の意見との共通点を探るなど、議論の幅を広げるよう心がける。まだ登録者数は160人程度にとどまり、テーマも市側が設定したが、目指すのは「市民から出されたテーマを、市民同士が話し合う」形だ。

 代議制民主主義では、国政や自治体のリーダーを投票で選ぶ。それを逆手に「政治は結果責任。政策が間違っていれば選挙で落とせばいい」と開き直る政治家も少なくない。

 重要なのは、偏りや誤りのない政策を選択することだ。それにはできるだけ多くの住民が合意できるまで、議論を重ねる必要がある。

 昨年の「大阪都構想」を巡る住民投票では、賛成派も反対派もSNSで一方的に自説をアピールし、一般市民がメリットやデメリットを比べる機会が少なかったと指摘された。公開討論会も時間が限られ、消化不良の感は否めなかった。

 地域を二分し住民投票に持ち込まれるようなテーマでも、ICTの活用法次第では多くの人が同じ議論のテーブルを囲むことが可能だろう。

互いの意見に耳傾け

 世界に目を向ければ、コロナ禍でICTによる国民監視を強化する動きがある。

 中国は、個人のPCR検査の結果移動歴などを政府が収集・分析する「ヘルスコード」を導入した。イスラエルは治安機関の対テロ技術を使い、感染者らの携帯電話の位置情報にアクセスして動向を追跡する。街中に点在する防犯カメラによる行動把握も、技術的にはできる。

 一方、台湾ではマスクが確実に届くよう、全国の薬局の在庫と国民の健康保険データを結合したが、端緒は近所の薬局の在庫を市民が調べて地図アプリで公開したことだった。

 デジタル担当大臣のオードリー・タン氏がこれを知り、行政が持つ在庫情報をネット上で公開して協力を呼びかけると、ITに通じた多くの市民が応じた。

 タン氏は5年前、国民がネット上でさまざまな社会問題を議論する枠組みをつくった。加古川市が導入した仕組みの源流と言える。

 多くの人が意見に耳を傾け、共通の価値観をベースに解決策を提案しあう。それをタン氏は自著で民主主義の「醍醐味(だいごみ)」と表現した。

 民主主義を定めた日本国憲法が公布されて、今年で75年になる。進化するICTを使いこなすことで、私たちは醍醐味をどこまで実感できるだろうか。

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