社説

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 住まいは人の暮らしを支える土台だ。災害の復旧、復興では、被災者が安心して身を置ける環境を一刻も早く提供しなければならない。

 とはいえ、量とスピードだけを重視して推し進めれば、個々の生活再建が置き去りにされかねない。阪神・淡路大震災の苦い教訓である。

 避難所開設、仮設住宅や災害(復興)公営住宅の建設、自力再建の支援…と住まいの確保策は多岐にわたる。東日本大震災の被災地でもこの10年、膨大な施策が展開された。

 復興のハード整備が終盤を迎えた今、そこに住まう人たちが明日への希望をどれだけ確かなものにできたか、検証しなければならない。

    ◇

 死者・行方不明者が1万8千人を超える東日本大震災では、住宅も約115万棟が被害を受けた。阪神・淡路の1・8倍に当たる数字だ。

 沿岸部を大津波が襲い、集落や市街地が壊滅した影響で、全半壊の家屋は約40万棟に上る。

 阪神・淡路では直下型の地震で建物が被害を受けたが、土地の破壊は一部に限られた。東日本では浸水で地盤が沈下するなど、土地の姿が広範囲に変貌した。

 その結果、多くの人が震災前に住んでいた土地に戻れなくなった。「土台となる土地まで被災したのが東日本の特徴」と、住宅政策の観点で災害復興を研究する神戸大学大学院の平山洋介教授は指摘する。

土地・持ち家被災

 阪神・淡路では借家住まいの被災者が多かった。一方、東日本の津波被災者は、大半が土地を所有し、持ち家に住んでいた。「土地・持ち家被災」とも呼ぶべき複合被災が「人生の立て直し」を妨げる深刻な要因になったと、平山教授はみる。

 「壊れた土地をふたたび利用できるとは限らず、持ち家をふたたび建設できるとは必ずしもいえない。大津波に襲われた被災地では、『どこにどう住むのか』の見通しがより不透明になった」

 平山教授は近著の「『仮住まい』と戦後日本」(青土社)でこのように書いている。

 当然ながら、東日本では、被災者の多くが持ち家の再建を望んだ。ただし、それには土地のかさ上げなどの基盤整備が前提とされた。

 土地の利用規制に加えて、区画整理や高台への集団移転促進事業…。「安全・安心のための基盤整備」が大規模に繰り広げられたのである。

 多くの人が事業の進展を待つことになり、ピーク時には約27万人が仮設住宅に入居した。阪神・淡路では5年で解消された仮設が、倍の期間維持され、岩手、宮城両県ではようやく今月で解消のめどが立った。

 しかし土地と家をなくした人たちに、10年はとても「仮」とは言えない長さだ。働き盛りの世代は次々に退去した。その結果、仮設の入居者が高齢化し、子ども世代と分離されたことで独り暮らしの人も増えた。

 原発事故の避難指示区域が残る福島県では、本来は原則2年だった仮設入居期限がまた1年延長され、なお苦難の日々が続く。住環境の向上は今も喫緊の課題だ。

「人間の復興」こそ

 一方、「ついのすみか」として建設が進められた災害公営住宅は、昨年末までに福島を含め約2万9千戸が全て完成した。土地のかさ上げや集団移転の造成工事も終了した。

 ところがこの段階に来て、災害公営住宅を退去する動きが後を絶たない。段階的な家賃引き上げによる被災者の負担が主な理由とされる。

 だが、安価な民間賃貸住宅に移ろうとしても、希望通りの物件が見つかるとは限らない。移るに移れず、将来の不安を抱えたまま暮らしている人が少なくないという。

 そもそも津波で持ち家を失った人の多くは高齢で、資金不足などの事情も重なり、自宅再建を断念せざるを得なかった。職を失い、病気などで困窮する人も増えている。

 低所得世帯には国や自治体の家賃補助があるが、公営住宅では6年目から家賃が段階的に引き上げられ、当初の4倍になった例もある。苦境に立つ被災者を追い詰めるような仕組みは本末転倒というしかない。

 各県や市町村は、状況に応じて負担を軽減し、安定した住まい確保を最優先とすべきである。国にも国民の生活を支える重い責任がある。

 土地や住宅の整備は、被災者が失った人生を取り戻すためのスタートラインでなければならない。コロナ禍でも、家賃支援などの住まい確保が大きな課題とされている。被災地のハード整備事業の完了は「人間の復興」に向けた一歩にすぎない。

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