社説

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 きょうは「みどりの日」。自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心を育む日である。

 日本列島は美しい海と山、鮮やかな四季に恵まれ、私たちはその中で生活文化を築いてきた。だが近代化以降は自然破壊が進み、各地で公害が起きた。近年は環境保全の取り組みが進む一方で、これまでにない深刻な問題を抱えている地域もある。

 その一つが2011年3月、東日本大震災による東京電力福島第1原発事故が起きた被災地だ。原発から出る処理水の海洋放出がいま焦点になっているが、放射性物質で汚染された区域から集めた除染土も忘れてはならない。最終処分の行方は見えず、自然回復への道のりは遠い。

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 福島の原発事故ではセシウム、ヨウ素、ストロンチウムなどの放射性物質が大量に放出され、住宅地や農地、森林の一部で大規模な除染作業が行われることになった。

 汚染が深刻な福島県内の11市町村では国が、それ以外では東北・関東8県の市町村が実施した。放射性物質が付いた表土や草木などが集められた。広範囲にわたる自然が放射能に汚染された事実を、事故から10年を機に改めて胸に刻みたい。

 放射性物質を含む除染土は各地で仮置きされた。福島県内の総量は帰還困難区域を除いて約1400万立方メートルに上る。これを保管するため、第1原発に隣接する場所に国が整備したのが中間貯蔵施設だ。

 15年に搬入が始まり、17年から本格稼働した。環境省によると、全体の4分の3が搬入され、来年3月までに完了させる予定だという。

かつて人が暮らした

 原発事故の発生から10年を前に、中間貯蔵施設を取材した。

 施設は福島県大熊町と双葉町にまたがり、原発の周りを取り囲む。買収が終わっていない民有地を含めた全体面積は1600ヘクタールもある。

 ここにはかつて住民が暮らしていた。広大な敷地には廃屋となった民家や公民館、学校などが点在する。田畑だった所に土を入れた袋が山積みにされ、川も流れている。

 施設の建物内では機械が除染土の袋を破り、土壌と可燃物などにふるい分ける。土はベルトコンベヤーやダンプで8カ所ある野外の土壌貯蔵施設に運ぶ。そこでは多くの重機が土を積んでいた。除染土の下には遮水シートが敷かれ、上には別の土がかぶせられる。

 多大な費用と労力をかけていることが分かるが、ここは最終処分場ではない。貯蔵開始から30年以内、2045年までに県外へ運び出すことが法律で定められている。

 地元の大熊町と双葉町は「中間貯蔵」を前提に受け入れを表明した。双葉町の伊沢史朗町長は「どこかにつくらなければ福島が復興しない」との思いを吐露した。まさに苦渋の決断だったのだ。

本当に「中間」なのか

 双葉町は原発事故で全住民が避難し、町域のほとんどが帰還困難区域になった。いまも住む人はいない。

 昨年3月、JR双葉駅周辺の一部で避難指示が解除された。町は来年春の解除範囲拡大と居住開始を目指し、農業の再興や自然と一体化した住宅地建設を進める。道路は歩行者優先で、電気は太陽光で発電するという。原風景をイメージした緑のまちづくりに注目したい。

 こうした長期的な復興を実現させるには、町の中心部にも近い中間貯蔵施設をなくすことが欠かせない。

 しかし現段階では、搬出先の選定にはめどが立っていない。

 住民の間には、このまま最終処分先とされるのではないかと懸念する声がある。福島県外での最終処分への国民の理解は進んでおらず、候補地選びは容易ではない。国は地元と約束した以上、できるだけ早期に選定への道筋を示す必要がある。

 除染土は福島県以外の東北・関東7県にも計約33万立方メートルあり、仮置きされている。処分の場所や方法は被災地外にも関わる課題だ。郷土の自然回復に向けて、国は最後まで責任を果たさねばならない。

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