社説

  • 印刷

 霊長類学の先駆者の一人として世界的に著名な京都大名誉教授の河合雅雄さんが、老衰のため丹波篠山市の自宅で亡くなった。

 ニホンザルなどの研究に尽くすだけでなく、兵庫県立人と自然の博物館長、県立丹波の森公苑長としての活動や児童書の執筆などを通し、自然と共生する大切さを説いた。郷土にとって得がたい知識人だった。

 前日まで元気で、亡くなる日も朝に目覚めた後、再び眠ったまま息を引き取ったという。97歳の大往生だった。心からご冥福を祈りたい。

 河合さんは幼少期、篠山の森と川で、昆虫採集や魚捕りに夢中になった。わんぱくな様子は、映画「森の学校」の原作にもなった自伝的小説の名著「少年動物誌」に詳しい。

 それが京都大理学部に進学した後のフィールドワークにつながる。生物学者の今西錦司氏率いる霊長類研究グループの一員として、サルからヒトへの進化の研究に没頭した。

 愛知県犬山市で日本モンキーセンターの設立に携わり、隣接する京大霊長類研究所の教授、所長などを歴任した。調査はアフリカなど海外にも及び、日本霊長類学会や日本ナイル・エチオピア学会でいずれも初代会長の重責を担った。

 多くの研究の中で最も知られるのが、宮崎県の幸島(こうじま)で発見されたニホンザルの「芋洗い行動」を巡るものだ。1匹の少女ザルが水の流れでサツマイモを洗って食べた。それが群れに伝わり子孫にも伝承された。

 サルにも文化的行動があることを世界に伝えた学術的な業績は、今も輝きを失わない。

 こうした成果を人間の考察に生かした点も、河合さんならではだ。幸島のサルは海水で芋に味付けするようになるが、進歩させたのは子の世代だった。「新しい世界への知的挑戦の力を、子どもたちに身につけさせることが大切」と述べた。教育への示唆に富む提言である。

 霊長類が緑に包まれた生活に適応した動物であることも強調した。それは地元での里山の再生や森あそびを進めることで実践された。本紙の客員論説委員として、21世紀の課題は「人間の生存の基盤である自然環境の復興と強化に努める、ということ」と記した。心に刻みたい。

 人間とは何かを追究した動機は、戦時体験にあったという。「同じ種を殺し合うのは人類とごく少数の動物。なぜ戦争をするのか」と問い続けた。「日本の憲法9条は世界に誇れるもの」という言葉もまた重い。

 執筆意欲は晩年まで衰えず、94歳のときに草山万兎(まと)のペンネームで長編ファンタジー「ドエクル探検隊」を出版した。数々の著作に触れた子どもたちに次代を開いてほしい。

社説の最新
もっと見る
 

天気(8月3日)

  • 31℃
  • ---℃
  • 50%

  • 30℃
  • ---℃
  • 50%

  • 32℃
  • ---℃
  • 50%

  • 31℃
  • ---℃
  • 70%

お知らせ