社説

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 苦労人が苦労人の味方である、とは限らない。その逆が現世の苛烈な輪廻(りんね)の現実ではないだろうか-。

 本紙客員論説委員を務めた評論家内橋克人さんは、昨年10月5日の評論「針路21」でこう書いた。

 秋田の農家で生まれ、地縁、血縁なく国政へと進んだ菅義偉首相は、「たたき上げ」を自称し、政権は60%超の高支持率で滑りだした。「苦労人だから国民目線の政治をしてくれる」との期待が聞かれた。

 だが、わずか1年で首相は退陣の意向を表明するに至る。不支持が50%を上回り進退窮まった形だ。

 内橋さんの言葉通り、コロナ禍に苦しむ国民の声に耳を傾けない「苦労人」は必ずしも味方ではないと、多くの人が考えを改めた結果だろう。ただこれほど早期の政権失速は、内橋さんも予想していなかった。

 くしくも首相が自民党総裁選への立候補断念を公表したその日に、内橋さんの訃報が伝えられた。89歳の高齢になっても政治や経済を分析する批評眼は衰えず、新型コロナ感染症の抑え込みに失敗した政府の対応に厳しい評価を語っていた。

 他国の感染対策との比較を踏まえた原稿を本紙にとも話していたが、体調を崩し帰らぬ人となった。

 書きたいこと、言いたいことが、まだ山ほどあったに違いない。

 生前、特に懸念していたのが、「アベノミクスの置き土産」である「異次元の金融緩和」が経済にもたらす弊害だ。コロナ禍に便乗した「財政支出のケタ外れの膨張ぶり」と合わせて「監視の眼力を磨くべき時がきている」と指摘していた。

 神戸新聞の記者を出発点とする仕事の基本は、経済の現場を丹念に歩くことだった。目先の数字にとらわれず、人の姿に目を注いだ。

 市場原理主義や規制緩和万能論に傾く流れを「そうではない」と批判したのも、格差拡大や合理化で生身の人間が切り捨てられる現実に危うさと怒りを抱いたからである。

 「おぞましい競り合いの勝者だけが、経済のなりたちの決めてであるはずもない」(岩波新書「共生の大地」)。怒りの根底には「誰のための経済か」という問いがあった。

 内橋さんが提唱した、分かち合いに基づく「共生経済」の思想は「人間の顔をした経済」への変革の提言と言い換えていいだろう。

 阪神・淡路大震災など災害復興についても「地域の足腰を強くする原点に立ち返れ」と呼び掛けた。「一人一人の生存条件をむらなく回復することが持つべき尺度だ」と。

 辛口の論調だが、ぬくもりと格調の高さを感じさせた。これからも書き続けてほしかった。突然のお別れが悲しく、残念でならない。

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