社説

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 横綱白鵬が現役を引退した。幕内優勝45回、横綱在位84場所、通算1187勝など数々の大記録を成し遂げた。野球賭博や八百長など相次ぐ不祥事に揺れた角界の苦境を救い、大相撲の屋台骨を支え続けてきた。長年のたゆまぬ努力に敬意を表し、偉業と功績をたたえたい。

 白鵬は右膝のけがや新型コロナウイルスの感染で、昨年7月場所から6場所連続で休場した。進退を懸けて臨んだ7月の名古屋場所で全勝優勝を果たしたものの、右膝の状態は回復しなかった。

 年齢も36歳になり、体が悲鳴を上げていたに違いない。白鵬は「もう十分にやり切った。横綱としての相撲は取り続けることはできない」と周囲に漏らしたという。戦い続けた体を休めてほしい。

 モンゴル相撲の元横綱を父に持つ白鵬だが、2000年に15歳で来日した当時は身長175センチ、体重62キロの細身の少年だった。幾つかの部屋に断られた後、宮城野部屋に入門した。猛稽古で鍛え上げ、192センチ、150キロを超える体をつくった。

 天性の柔軟さ、強くしなやかな足腰に恵まれたが、地道な鍛錬を忘れなかった。相手の取り口を分析するなど研究熱心でも知られ、多彩な技を磨き、番付を駆け上がった。

 大関に昇進した06年夏場所で初優勝し、翌年の夏場所後に22歳2カ月で横綱に上り詰めた。09、10年には史上最多となる年間86勝(4敗)を挙げ、10年に記録した63連勝は双葉山の69連勝に次ぐ。優勝回数は大鵬の32回を15年初場所で上回った。

 前人未到、無類の強さである。塗り替える記録がないと言われるようになってからも、ひたむきに相撲に向き合い続けた姿は、後輩力士の手本になるべきものだ。

 ファンを大切にする姿も印象に残る。地方巡業はもちろん、土俵の外でも阪神・淡路大震災や東日本大震災、丹波豪雨などの被災地を訪れ、その勇姿で人々を励ました。

 一方で、品格が疑われる言動は物議を醸した。判定に抗議したり、優勝インタビューで観客に万歳三唱や三本締めを促したりして、日本相撲協会から処分や注意を受けた。

 取り組みでも、近年は荒っぽい張り差しや肘打ちのようなかち上げが目立った。横綱審議委員から「力量はあっても品格がない」と苦言を呈されるなど、あるべき横綱像を巡ってさまざまな議論を呼んだ。

 引退後は年寄「間垣」を襲名し、後進の指導に当たる。大横綱が去った後の大相撲は、いかに土俵に活気を取り戻すかが課題となる。親方として、次世代を担う力士を発掘、育成し、角界のさらなる発展に力を尽くしてほしい。

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