第2次世界大戦でナチス・ドイツの侵略に打ち勝った戦勝記念日に当たるきのう、ロシアのプーチン大統領は式典で演説し、「唯一の正しい決定だった」と述べてウクライナへの軍事侵攻を正当化した。
ロシアにとって戦勝記念日は、2700万人もの犠牲を出した「大祖国戦争」の勝利をたたえる意味を持つ。プーチン氏は「戦争」の言葉こそ用いなかったが、ウクライナ侵攻をファシズムに勝利した旧ソ連時代の戦争に重ね、「兵士らは祖国のために戦っている」と強調した。
だが今回、国境を越えて武力行使したのはロシアの側だ。ナチス・ドイツに侵攻された先の大戦とは全く異なる。隣国に軍を進め、民間人まで殺傷し続ける行為の責任逃れは許されず、断じて容認できない。
演説の中で、プーチン氏は北大西洋条約機構(NATO)の拡大が「大きな脅威となった」と述べた。ウクライナの首都キーウ(キエフ)で核兵器を製造しようとしたなどと、NATOの動きを批判した。
NATOは米国主導の軍事同盟である。矛先を向けられたと感じたロシア側には、神経をとがらせる一定の理由があったのだろう。ただ、核兵器の疑惑を持ち出すのなら、根拠を明確に示すべきだった。
むしろ国際社会が懸念するのは、過去何度も核兵器の使用を示唆してきたプーチン氏の言動である。責任を転嫁するような演説によって、「核なき世界」を目指す国々とロシアの隔たりも拡大したと言える。
英政府の推計では、ロシア軍の戦死者は1万5千人に上る。ウクライナ軍の激しい抵抗を、米国などによる大量の兵器供与が後押しする。苦戦したロシア軍が大量破壊兵器や核兵器の使用に踏み切るとの見方もあり、緊迫の度は増すばかりだ。
ウクライナ東部の親ロシア派支配地域ではウクライナ政権側が攻撃し「ジェノサイド(民族大量虐殺)」を行ってきたと、プーチン氏は主張する。一部でロシア系住民への迫害があったのは事実のようだ。
しかしロシア軍も住民虐殺など戦争犯罪の疑惑が持たれている。ウクライナ侵攻を「ネオナチとの戦い」とするプーチン氏を、同国のゼレンスキー大統領は「血塗られたナチズム」と痛烈に切り返した。
自分を「善」、相手を「悪」と決め付けて暴力と破壊を正当化する。そうした不毛な争いは、憎悪の連鎖につながる。必要なのは戦意をあおる強い言葉でなく、一人一人の命を守る、停戦に向けた行動である。
きのうのプーチン氏の演説は、ウクライナや米国、欧州、日本など多くの国の人々の耳には「独善」の言葉としか聞こえなかっただろう。
