トライやる25年/子の成長温かく見守る地域に

2022/09/06 06:00

 兵庫県内の公立中学2年生が地域で5日間の社会体験をする「トライやる・ウィーク」が、スタートして25年目を迎えた。

 生徒は地元の商店や事業所、農場、福祉施設などに出向き、仕事を教わったり、ボランティア活動をしたりする。新型コロナウイルス禍の下でも期間を短縮するなどして行われ、2021年度までに計約116万人が参加した。22年度は3年ぶりに全中学が5日間フルに実施する。
 思春期まっただ中の生徒にとって、親や教員以外の大人と接し、社会を肌で感じる経験は、貴重なものになっている。「トライやる」がきっかけで自分に自信を持てた生徒がいる。中には将来就きたい仕事を決め、実現させた例もある。
 四半世紀の節目を機に、地域全体で子どもを育む意義を考えたい。
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 6月下旬、西宮市立芦原むつみ保育所で、体操服姿の中学生が、昼寝しようとする園児の背中をとんとんとたたいていた。近くの市立平木中学からトライやるで来た2年生の男女6人は、少し緊張気味だった。
 3日目には園児と遊ぶ姿にも余裕が見られた。男子生徒(13)は体験先を小学校にするかどうか迷った末に保育園を選んだという。「保育士さんを手本にして自分の小さい頃を想像しながら子どもと接している」と話してくれた。
危機感が出発点
 兵庫県教育委員会が1998年度に全県でトライやるを導入したのは、強い危機感からだ。
 前年に神戸連続児童殺傷事件が起き、14歳の少年が逮捕された。衝撃は大きく、臨床心理学者の故河合隼雄さんを座長に「心の教育緊急会議」を設けた。結論を教え込むのではなく、体験を通して自分なりの生き方を見つけられるような支援を-との緊急会議の提言を受け、全国でも珍しい取り組みに踏み切った。
 鍵となるのは、生徒が主体的に意欲を持って臨めるような働きかけだ。体験前に将来の目標を考えさせたり、受け入れ先とのマッチングを丁寧に進めたりするなど、多くの学校が工夫を重ねている。
 それぞれの現場で生徒が得た気づきや驚きを、学校はその後の授業に生かし、確かな学びにつなげてほしい。体験を言葉や文章にして、クラスや学年、さらには学校全体で共有するのも有効だろう。
 教員にとっては、生徒の新たな一面に触れる機会でもある。平木中学の桜井冬萌(とも)教諭は「教室では見せない生き生きした表情の生徒が何人もいる」と語る。普段の指導や関わり方を振り返るきっかけになろう。
現場の支援強化を
 協力した事業所からは「中学生が近しい存在になった」「成長する姿にこちらが励まされた」などの声が寄せられている。
 生徒を受け入れ、温かく見守る地元の「応援団」が増えれば、地域全体で子どもを育てようという機運が高まるのではないか。学校と地域の普段からの協力関係が、その土台となるはずだ。
 一方、コロナの感染拡大前から、不況や高齢化で受け入れ先の確保が難しくなっている。事業所の開拓などは、学校、PTA、地域団体の代表らでつくる校区ごとの「推進委員会」が担うが、形骸化が指摘される。教員の負担が過重にならないよう、県市町教育委員会には支援強化を求めたい。
 明石市立大久保北中学生のときに、病院での体験を選んだ道上向日葵(みちうえひまわり)さん(23)は現在、看護師として働く。「患者さんと信頼関係を築き、病気だけでなく生活全般に目を配る仕事ぶりを見て『これだ』と思った」と振り返る。将来は訪問看護に携わるのが目標という。
 トライやるには、学校、家庭、地域社会の3者(トライアングル)の連携という意味も込められている。兵庫が積み重ねてきた体験型の学びは地域の財産といえる。時代に即した連携方法を模索しながら、子どもたちの自己探求をサポートする体制を充実させる必要がある。

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