「新聞感想文コンクール」

長崎を最後の被爆地に

片瀬奏磨(かたせ・そうま) 報徳学園高2年

 「戦争は二度と起こしてはいけない。」これは、この夏の僕の経験から強く実感し、深く心に刻み込んだ言葉だ。被爆者の平均年齢は83歳を超えている。もう時間がない。
 被爆者代表、岡信子さん92歳「語り継ぐ いのちのある限り」の記事で、岡さんは「原爆の恐ろしさを伝えるため、この年まで生かされた、命ある限り戦争体験を語り継ぎ、核兵器廃絶と平和を訴えていく」と誓われた。夫や子にさえ被爆体験を話せなかったという。被爆したのは16歳、今の僕と同年齢だ。想像を絶する凄惨で残酷な体験を言語化することの精神的な困難さ、沈黙を破り語られた言葉の全てが僕に響く。きっと澱のように常に心の底にたまり、76年間苦しんだに違いない。
 同じ8月9日早朝、全国から参加した約70人の高校生の中に僕もいた。原爆落下中心地碑を囲む人間の鎖をつくり平和を祈念した。
 僕は、兵庫県の平和大使サポーターとして、長崎に3日間派遣され、貴重な被爆体験を聴き、長崎の高校生の解説で原爆遺構も見学した。被爆当時の地層がそのまま保管されている場所では、僕達が歩いた地面の下に、当時生活していた人々のお茶碗や瓦などの生活用品、骨さえもある。その上に普段生活する層があり、復興工事で埋め立てられたものだ。胸が詰まり、言葉で表せない感情になった。その後、原爆資料館、追悼平和祈念館を訪れた。最終日、若者早朝集会として爆心地公園で人間の鎖、高校生平和宣言を行った。
 3日間で出会った全国の仲間とSNSを通じた活動が始まり、海外の平和大使との交流も決定した。平和の輪を世界へ広げていく。
 122か国が支持する核兵器禁止条約に、唯一の被爆国である日本は批准していない。発効したばかりの条約は、僕達の世代が育てる。核抑止力として核は必要だといわれるが、危険を増幅するものであり、どんな理由であれ核の保持、使用は絶対に許されない。
 今年6月時点で、世界には1万3130発の核がある。喜ぶのは核が残りの一発になったからではなく、全廃してからだ。「長崎を最後の被爆地に」。被爆者の強い願いだ。
 僕の氏名と取材内容がNHK電子版に掲載された。記事への最初のコメントは、伝えたかった平和のことではなく、どこの高校か、高校生が利用されている、高校生に何ができるのか、という内容だった。とはいえ、恒久な平和の願いは皆が持っているだろう。だが、戦争について深く考え、行動する人は少ない。成果は行動についてくると信じ、僕達高校生から行動に移すきっかけを作る。
 僕達の世代は戦争経験者から直接話を聞ける最後の世代だ。だからこそ、戦争経験者から学び、平和のバトンを受け継ぐ責任がある。
 世界中から核兵器や戦争がなくなる日が来ると、平和が当たり前になり、「戦争」や「平和」という言葉が忘れられるだろう。その日が来ることを願い活動を続けていく。
 岡さんのように、命の限り受け継いでいく。


(8月10日付の神戸新聞・朝刊から)
「長崎を最後の被爆地に」「長崎を最後の被爆地に」

※題名をクリックすると講評と神戸新聞社賞・県知事賞の作品を読むことができます。

<審査委員長> 兵庫県NIE推進協議会 秋田久子会長 講評

コロナ禍通じ 社会への関心高く
部門 受賞者(敬称略)
学校名・学年
作品の題名
神戸新聞社賞 小学校1・2年 遠藤 実穂
西脇市立重春小学校・1年
「わくわくのみずたまいっぱい」
小学校3・4年 宮崎 りの
たつの市立揖保小学校・3年
「土用の丑とSDGs」
小学校5・6年 小柳 暖乃
神戸市立井吹の丘小学校・5年
「サル社会 初の『女性トップ』」
中学生 河野 克彦
蒼開中学校・1年
「アフガン政権崩壊とぼくの国際支援」
高校生 桑野 葵
神戸山手女子高等学校・3年
「思いをつなぐ使命」
兵庫県知事賞 小学校1・2年 有本 眞麻
関西学院初等部・2年
「わたしもやくに立てるかな」
小学校3・4年 前中 愛美
神戸海星女子学院小・4年
「障がいがある子もない子も遊べる『インクルーシブ遊具』広がる」
小学校5・6年 原田 京珠
神戸市立舞多聞小学校・6年
「『あの日を背負って』を読んで」
中学生 志賀 〓音 (注)〓は「伶」のつくりの下が「マ」
賢明女子学院中・3年
「シンコと共に生きる」
高校生 片瀬 奏磨
報徳学園高・2年
「長崎を最後の被爆地に」
 

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