【新春知事対談特集】兵庫県知事・井戸敏三氏×京都大学iPS細胞研究所所長・山中伸弥氏

ひょうごから世界へはばたくアートのちから

2021年の幕開けに当たり、iPS細胞の開発者でノーベル賞受賞者の山中伸弥さんと井戸敏三兵庫県知事が、神戸市中央区の県公館で対談を行った。研究や新型コロナウイルス感染症対策、新年の抱負などについて語り合った。(本文中敬称略)

井戸敏三氏

iPS細胞の実用化へ専心

井戸

山中先生は神戸、兵庫と関わりが深いですよね。

山中

神戸大医学部に入って青春時代の6年間を神戸で過ごし、ポートアイランドのプールまで走って行って泳いだりしていました。

井戸

それが今のマラソンにつながっているのですか。

山中

そうですね。6年時に丹波篠山ABCマラソンに出場したのが始まりです。

2014年の第4回神戸マラソンを完走した山中さん。出場に当たって寄付を呼びかけ、集まった寄付金は研究資金や被災地支援に充てられた。
2014年の第4回神戸マラソンを完走した山中さん。出場に当たって寄付を呼びかけ、集まった寄付金は研究資金や被災地支援に充てられた。

井戸

走ることの醍醐味(だいごみ)はどんなところですか。

山中

マラソンは努力が必要です。1年間きちんと練習をして、年に数回のレースで全てを出す。研究の縮小版のような気がしており、マラソンで小さな成功体験を積み重ねて研究のモチベーションにしています。

井戸

整形外科医としてスタートし、そこから研究の道に入られたのは何か理由があったのでしょうか。

山中

研修医になった翌年、闘病中の父が亡くなったことです。当時は治療法がなく、何もできませんでした。今の医学では治せない病気やけがを治せるようにするには研究が必要だと思い、大学院に入り直して研究者の道を歩み出しました。

山中伸弥氏

井戸

ノーベル賞を受賞されたiPS細胞とは、どのようなものですか。

山中

皮膚や血液を少し採取し、私たちの見つけた方法で手を加えると、簡単にiPS細胞という全く別の細胞になります。細胞の運命がリセットされて受精卵に近い状態に戻るので、どんどん増えますし、あらゆる部分の細胞に作り替えることができます。

井戸

iPS細胞でどんなことができるのでしょうか。

山中

神戸は世界のiPS細胞研究の最前線です。例えば、網膜の病気で失明に近い状態の方の皮膚や血液からiPS細胞を作り、網膜の細胞に作り替えるという技術を理化学研究所の高橋政代先生たちのチームが完成されています。傷んだ細胞と入れ替える手術が2014年に行われ、まだ少数ながら視力が安定したという結果もすでに出ています。いわゆる再生医療の分野で期待されています。

井戸

iPS細胞を活用した再生医療はこれからも広がっていく、と。

山中

はい。実際、さまざまな研究が進んでいます。

井戸

新型コロナウイルス感染症で心配なのは、治療薬が開発されていないことです。見通しはいかがでしょう。

山中

ワクチンも治療薬も、人類史上最高の速度で開発が進んでいます。どちらも開発は何年もかかるのが常識でしたが、既に有力なものが出てきています。ただ、健康な人に投与するので副反応が出ることがありますから、慎重に検討する必要があります。薬に関しても、もう少し時間がかかると思いますが、その代わり、他の病気で使う薬の転用が昨年の段階から行われています。

井戸

それらの薬を上手に使うことで、重症化を防いでいくということですね。
兵庫県は3月1日に初めて患者が発生し、闘いが始まりました。県ではポストコロナ社会兵庫会議で有識者の皆さんから五つの提言を頂き、コロナ禍の課題に取り組んできました。パンデミック(世界的大流行)時代の危機管理、デジタル革新の加速、産業の競争力・リスク耐性の強化、分散型社会への転換、そして社会の絆の再生です。

山中

なるほど。

井戸

例えば危機管理として、こういう状況下で大災害が起きたときの対応、複合災害対策が大きな課題です。現在、ガイドラインを作るなど対策しています。

豊岡市で整備が進む「芸術文化観光専門職大学」の外観イメージ図
豊岡市で整備が進む「芸術文化観光専門職大学」の外観イメージ図
「芸術文化観光専門職大学」実習室(イメージ図)。この他に220人収容の劇場やダンス専用スタジオなどを備える
「芸術文化観光専門職大学」実習室(イメージ図)。この他に220人収容の劇場やダンス専用スタジオなどを備える

コロナ禍越え 未来切り開く

井戸

分散型社会への転換として、今年4月、豊岡市に芸術文化観光専門職大学を開学します。学長予定者の平田オリザ先生によると、地域を発展させる要素として、観光資源があるだけでは駄目で、その資源を生かせる人が活躍しなければいけないそうです。自然や歴史があり、伝統文化が各地に残る但馬地域の特性を生かしながら、演劇など芸術文化と組み合わせることで地域の発展につなげていくような融合型の人材を生み出したいんだと。これが、設立の理念です。

山中

欧州だと、アルプスの辺りは観光地や避暑地として最高なのはもちろん、夜になるとオペラや一流のコンサートを楽しめる所が何カ所もあります。昼は自然を見て、夜は芸術に触れて。日本にも豊かな自然がたくさんありますが、芸術は大都市に偏っていますから、専門職大学は両方を楽しむための画期的な原動力になるでしょうね。

井戸

昨年の秋にコロナ禍でも豊岡演劇祭が開かれ、2週間で延べ5千人近くに来ていただきました。今年はもっと大きな演劇祭にしたいと考えています。

井戸

今年の抱負を聞かせてください。

山中

「VW」です。私の大好きな言葉で、Vはビジョン、しっかりした目標。Wはワークハード、今だとワークスマートかもしれません。iPS細胞を患者さんに届けるという目標に向かって、引き続き頑張ります。

井戸

私は「希望と挑戦」です。将来を見通せない状況がほぼ1年続いてきました。だからこそ、希望を確立し、そこを目指して挑戦していく最初の年にしたい。昨年は阪神・淡路大震災から25年という節目の年にコロナ時代が到来してしまいました。これを乗り越え、ポストコロナの展望を県民の皆さんと進めていければと願っています。

やまなか・しんやさん

やまなか・しんや
1962年大阪府生まれ。神戸大医学部を卒業し、臨床医を経て基礎研究の道へ。米グラッドストーン研究所や奈良先端科学技術大学院大などで研究に取り組み、2006年にマウスの細胞から、翌年にはヒトの細胞からiPS細胞を作ることに成功。それらの功績により、12年にノーベル医学生理学賞を受賞。10年より現職。