明石

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1938(昭和13)年に建築された明石商工会議所や明石公園の入り口の写真を使った絵はがき
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1938(昭和13)年に建築された明石商工会議所や明石公園の入り口の写真を使った絵はがき
現在の明石商工会議所ビル周辺の風景=明石公園から(撮影・奥平裕佑)
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現在の明石商工会議所ビル周辺の風景=明石公園から(撮影・奥平裕佑)

 水辺を散歩したり、スポーツイベントに参加したり…。昔も今も多くの市民が訪れる憩いの場、明石公園。その入り口に立ち、カメラは南西方向にレンズを向けた。右下の説明に「(明石名勝)新築成レル明石市商工会議所」とある。

 公園南側に戦前の商工会議所ビルが建ったのは、1938(昭和13)年5月。商議所前の道は県道52号小部明石線で、当時から明石のメインストリートだった。

 この道を公園の方に連れだって歩いて来る人々が、絵はがきに写っている。みな軽装で、日傘を差す人もいる。初夏のワンシーンと考えてよさそうだ。ビルの完成からあまり間を置かずに撮影されたのだろう。

 その前年7月、日中戦争の発端となる盧溝橋事件が起こり、世の中には不穏な空気が立ちこめていたはず。しかし絵はがきにその影は見えない。娯楽の種類が少なく、明石公園は今よりも人気のレジャースポットだったに違いない。

 現在の商議所会頭、平岡勝功さん(69)は「昔の資料にも建物の写真はあったが、この絵はがきの建物はモダンで風格がある」と顔をほころばせる。

 「明石商工会議所五十年史」(77年9月刊行)によると、当時の会頭は3代目の木下吉左衛門氏。土地514・5坪を2万5725円で購入し、総延べ面積319・8坪のビルを建てた。当初9万5千円を予定した新築総経費は最終的に約12万円に上った。当時、国家公務員の初任給は75円。商議所は県や市に協力を求める一方、会員から最低でも20円、最高は1万円の寄付を得たという。

 建築様式は「日本趣味ヲ加味シタル近世式」。当時はモダニズム建築を「近世式」と称したのだ。そこに和風の屋根を載せた。設備も整い、さまざまな催しに利用されたが、45年6月26日の空襲で焼失してしまう。

 現在の商議所ビルができたのは77年8月。それから40年が経過し、戦前のビルを記憶する市民は少ない。

 明石公園入り口に昨年オープンしたカフェ「TTT」の店長、森善史郎さん(36)は「公園ににぎわいが戻るように、盛り上げていきたいですね」と話す。

(片岡達美)

◇   ◇

 大正から昭和初期の明石の名所などを載せた絵はがき。市内の収集家が昨秋、あかし市民図書館に寄贈したそれらを手掛かりに、市民の思い出が詰まった場所を訪ねてみた。

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