明石

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「水田酒造有限会社」の柱=兵庫県明石市
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「水田酒造有限会社」の柱=兵庫県明石市

 兵庫県明石市大久保町大窪で板塀に挟まれた狭い路地を歩く。何もない空き地に「水田酒造有限会社」と書かれた石柱がぽつんと立っていた。付近を見回してもそれらしき建物は見当たらない。

 地元住民に聞いてみると、2010年に閉まった酒蔵らしい。明石市内で醸造される清酒で、長らく代表的だった銘柄「聖壽」を生産していた時期もあったと聞いた。

 「蔵を閉めたのは時代の流れですよ」。

 同社の4代目社長だった水田允明さん(81)が淡々と教えてくれた。

 同社は明治26年創業。明石はその頃、60軒を超える酒蔵があり、神戸の灘に対して「西灘」と呼ばれるほど、県内有数の酒どころとして知られたという。それが今は市内でわずか6軒まで減少した。

 「やっぱり、おけ売りがあかんかった。それを主流にしていた蔵がなくなってしもうたんや」と水田さん。時代の流れの中で、自前の酒を捨て、大手酒造会社の生産を請け負った蔵はことごとく消えたという。

 そんな同社も1963(昭和38)年ごろから大手の生産委託を受けるように。当初3千石ほどだった生産規模を、大口注文に対応するため、1万3千石にまで増やした。

 「ええときはそれでよかったんやけどな」。水田さんの声が少し曇る。大手酒造会社への“おけ売り”が途絶え、投資して生産設備を増やした同社が行き詰まるのは必然だったという。2008年に製造を中止し、2年後には会社を閉じて建物や機械もすべて処分してしまった。

 一方で、今も営業を続ける老舗の江井ヶ嶋酒造(大久保町西島)。「正直なところ、これまでブランド化を意識してこなかった」と明かしてくれたのは、平石幹郎社長。2年前に新しい杜氏(とうじ)の中村裕司さん(46)を迎え「酒造りが大きく変わった」といい、大吟醸酒「神鷹 大吟醸35」が、今年の全国新酒鑑評会で金賞に輝いた。創業以来の快挙だった。

 日本人の日本酒離れが顕著なこんにち、飲まれる酒を造り続けるのは並大抵の苦労ではない。寂しげにたたずむ石柱には、消えた蔵の悲哀までもが刻み込まれたようだった。

 10月1日は「日本酒の日」。せめて、うまい酒を一献傾け、ささやかなエールと敬意の念を送りたい。(小西隆久)

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