明石

時計2018/10/5 05:30神戸新聞NEXT

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家族、看護スタッフ、見舞いの映画関係者に囲まれ、病室でピースサイン
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家族、看護スタッフ、見舞いの映画関係者に囲まれ、病室でピースサイン

■みんなとこれからもつながって

 ふくやま病院の緩和ケア病棟には穏やかな空気が流れている。そして病室はいつも清潔だ。

 「何でも聞いてほしい。僕の生きざまを自由に書いてほしい」という岡本健一郎さん(67)と、途切れ途切れの対話を重ねた。

 一言、二言だけのときも、うなずいてくれるだけのときもあった。

   ◇

 岡本さんの家族と交代で見守りのローテーションに加わっている女性がいた。

 明石高校で岡本さんと同級生だった元高校教員の中西英代さん(67)。大学も同じ神戸大に進んだ。つかず離れず、同志のような、腐れ縁のような関係が続いていた。

 「これが岡本君の原点なんです。50年前の資料が出てきたんです。私、物持ちが良くって」

 そう笑い、ガリ版刷りの黄ばんだ冊子やチラシを見せてくれた。

 《映画「若者たち」を広める会 第1回総会のお知らせ》

 1967年、テレビの連続ドラマを、田中邦衛さんら同じキャストで映画化した作品だ。社会の矛盾を鋭くえぐる内容に映画会社が配給を尻込みし、制作関係者の熱意で自主上映の輪が広がっていた。

 明石高の生徒会長だった岡本さんが「広める会」の中心メンバーの1人になった。チラシには「これこそ当たり前の若者を主人公にした私たちの青春映画。多くの明高生に見てほしい」と書いてある。

 手作りの上映会は3千人を動員する盛況だった。

 大学浪人中には、社会人も対象にした「明石映画サークル」を立ち上げ、占領下の沖縄やベトナム戦争をテーマにした映画の自主上映、批評会を続けた。

 映画には一人の人間の生き方を変えてしまう力がある。だからこそ、いい映画を埋もれさせてはいけない。映画から学び、市民の厳しい批評力で映画人を育てよう。

 「あのときのまっすぐな思いを、ずっと抱いていたんじゃないかな」

 眠ったままの岡本さんの顔を見つめながら、中西さんが言った。

   ◇

 岡本さんと関係の深い映画人に宮崎駿さん、山田洋次さん、高畑勲さん(今年4月に死亡)がいる。30年来の付き合いがあり、岡本さんとの縁で明石など地方のイベントにも度々顔を出した。若手や中堅の俳優、映画監督も積極的に招いた。

 その中に、作家で詩人のドリアン助川さん(56)がいる。《お別れにきてください》という岡本さんのメールが届き、ホスピスに駆けつけた。

 ドリアンさん原作の「あん」(河瀬直美監督)はカンヌ国際映画祭で上映され、高い評価を受けた。主演の樹木希林さんは先日、がんで亡くなっている。

 ドリアンさんは不思議なことを言った。

 「僕、今でも希林さんとお会いしているんです。だから、岡本さんとも違った形でお会いできると思うんです」

   ◇

 体調のいいとき、岡本さんがぽつり、ぽつりと語った言葉と符合した。

 「生きていることは、素晴らしい。本当に、素晴らしい。だけど、死ぬのは、怖くない。だって、みんなとは、死んだ後も、つながって、いるから」

(木村信行)

   ◇   ◇

 岡本健一郎さんは9月30日午後2時39分、大勢の家族に見守られ、ふくやま病院で亡くなりました。この記事(計4回)が書き上がった30分後、訃報が届きました。元気なうちに読んでもらうことを目標に準備をしてきましたが、間に合いませんでした。亡くなったことを受け、書き直すことも考えましたが、生きている岡本さんに向かって書いた記事であり、そのまま掲載することにしました。

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