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時計2018/10/6 05:30神戸新聞NEXT

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亡くなって自宅に戻った翌日夕、岡本さんがお気に入りだったベランダに若き日の彫画を置いた瞬間、光が差した
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亡くなって自宅に戻った翌日夕、岡本さんがお気に入りだったベランダに若き日の彫画を置いた瞬間、光が差した

■生きていることは素晴らしい

 ホスピスに入ってから2週間が過ぎた。

 最初の10日間ほどは「最期のお別れ」に訪れた人と語り、ピースサインで記念写真も撮っていたが、10月が近づくと、苦しそうに目を閉じている時間が増えた。

   ◇

 近づく死を受け入れ、その日に向かって懸命に生きている人に「死ぬとはどういうことですか」と聞く。

 岡本さんとの対話をうまく表現することができない。彼岸と此岸(しがん)の間、つまり、生死輪廻(りんね)のあちらとこちらの境界に、何の準備もせずに出掛けていくようなものだった。

 枕に頭を沈めたまま、岡本さんは言葉を継いだ。最後の気力をふりしぼるように。

 治療法がない、とはっきり言った医者にはむしろ感謝している。だって、こうしてみんなとお別れする時間を持てたのだから。

 薬の副作用で朦朧(もうろう)とするよりいい。がんに蝕(むしば)まれるに任せて、それでも2週間以上、こうして話せているのだから上等かな、と。

 生きていれば、最期のメッセージを伝えられる。具体的な「何か」を伝えたいわけじゃない。もっと大雑把(おおざっぱ)で抽象的なもの。

 人はつながっている。つながっていかないといけない。誰だってそうだが、人には前があり、後ろがある。僕は、その間をつないだだけ。ひと一人ができることなんて、たかがしれているでしょ。

 こんなに大勢の人が、ここに来てくれて、映画の後輩たち、これからまだ生きていく人たちに会えた。

 何かを受け取ってくれたらいい。次につないでくれると確信している。

 残る命が、限られていると分かったとき、生きているって、いいねぇ、生きていることは素晴らしい、と思った。全てに勝る。

 だけど、生きる時間は、限られているからいいのかもしれない。あと何日、というのも悪くない。その間、自分らしく生きられれば、それでいい。

 死ぬのは、怖くない。本当に。

 死ねば、何もかもなくなる。消えてなくなる。

 でも、恐れることではない。みんなとは、どこかでつながっているのだから。この世から消えても、つながっている。今、そう感じている。

 僕は、もう、終わるけど、怖くない。

   ◇

 岡本さんが会社組織に育て、良質な映画を市民上映会などに配給する「兵庫県映画センター」。岡本さんに後継指名されているスタッフの林洋志さん(31)は「いろいろな人と会って消耗しているのが心配だが、残された時間を楽しんでいるようにみえる。岡本さんのように、映画作家たちと広く深い関係を築くのは簡単ではないけど、僕は僕のやり方で、同時代の人たちと新しい関係を作っていけたらいい」と話す。

   ◇

 岡本さんはきょうも生きている。

 生者の側にいる者は思う。もっと生きてほしいと。だが、死者の側にいる者は、別のことを感じているのかもしれない。

 《慌ててこっちに来る必要はない。だけど、こっちも捨てたもんじゃないぞ。こっちは、時間も空間も自由に行き来できる。いつでも、つながれるぞ。

 準備が整ったら、いつでもおいで--》

 今はもう、あまり話せなくなった岡本さんの顔を見ていたら、どこからか、そんな声が聞こえてきた。

■   ■

 この原稿を書き終えた30分後、岡本さんの訃報が届いた。元気なうちに読んでもらうつもりだったが間に合わなかった。

 でも、岡本さん。そっちとはつながっているんだから、読んでくれているよね。あの、いつもの飄々(ひょうひょう)とした表情で。

(木村信行)

=おわり=

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