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生活介護支援施設で障害者を支援している那須さん=明石市本町2
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生活介護支援施設で障害者を支援している那須さん=明石市本町2

 阪神・淡路大震災を経験し、学校公演などを通じて震災体験の風化を食い止めようとしてきた劇団員、那須徹哉さん(57)が、兵庫県明石市本町2のNPO法人事業所で障害者の生活介護、就労継続支援をしている。担当するのは震災の記憶がほとんどない19~29歳。17日は語り部のように震災当時の様子を話し「必ず起きる次の災害に備えてほしい」と呼び掛ける。

 那須さんは美術専門学校を卒業後、版画工房に勤めながら舞台美術の制作も手掛けてきた。

 24年前は芦屋市で被災。家族は無事だったが自宅は半壊した。震災の翌年、神戸市垂水区の劇団「自由人会」に入社し、被災した小学生を描いた「6年3組の阪神大震災」などを全国の学校で公演してきた。

 しかし、2000年を過ぎた頃、関西以外の地域で震災劇の要望が減る。同劇団は社員7人全員が被災者。「風化」を感じざるを得なかった。

 東日本大震災が起きると、ノートや文房具を積んで支援に駆けつけた。半年後にはボランティアで公演をするようになり、東北各地で歓迎された。

 笑顔と喜びを共有できている実感があった。

 「優しい性格といい笑顔が福祉に向いている」

 那須さんを見た友人がそう言ってくれた。

     ◆

 14年、舞台でけがをして2カ月入院した。一度演劇を離れてみようと劇団を辞め、向いていると言われた福祉の世界に飛び込んだ。

 障害者12人の支援を受け持ち、利用者と接するうちにこれまでの経験が大きな力になることを知った。

 改めて別の劇団に入り、作業に絵画や演劇を取り入れた。「利用者が絵を完成させたり本番の舞台を経験したりすると大きな自信がつく」。そして、パニック状態に陥りやすい障害者には「避難訓練を毎月繰り返して覚えてもらい、日常の行動に近づけるようにしている」という。

 阪神・淡路大震災の頃、障害者アートに関心はありつつも「障害者を支援することにどこか斜めの角度から見ていた。東北でみんなが一緒に手伝ってくれ、笑顔や優しさを分かち合う姿を見て、かつての自分が失礼だったと教えられた」と那須さん。

 明日にも起こるかもしれない大災害に備え「一日一日が大切。震災を風化させないよう、自らの経験を伝えたい」と話す。(吉本晃司)

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