明石

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阪神・淡路大震災から10カ月後、明石市民会館のロビーで開催された明石第九演奏会(1995年10月29日、明石市提供)
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阪神・淡路大震災から10カ月後、明石市民会館のロビーで開催された明石第九演奏会(1995年10月29日、明石市提供)
阪神・淡路大震災で客席に亀裂の入った明石市民会館ホール(明石市提供)
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阪神・淡路大震災で客席に亀裂の入った明石市民会館ホール(明石市提供)
坂下功一さん
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坂下功一さん

 昨年12月に開催された「第36回明石第九演奏会」は、歌唱指導者として市民合唱団を支えてきた坂下功一さん(77)=兵庫県明石市=の引退公演だった。「詩の意味を考えて、歌声に込めるように」。初演から一貫し、そう伝えてきた坂下さんが「今でも忘れられないステージだ」と振り返るのは、今から24年前の秋、明石市民会館(中崎1)のロビーで行われたコンサートだった。(勝浦美香)

 1995年。年末に13回目の「第九演奏会」を予定していた同会館は、阪神・淡路大震災で被災した。

 ホールの客席の床は大きく裂け、舞台装置が故障。“自粛ムード”も追い打ちをかけた。「第9の会場は市民会館」が恒例だったが、年末の演奏会は早々に中止が決まった。

 だが、合唱団の中心メンバーはあきらめていなかった。

 「こんな時こそ、第9を歌いたい」と団結した。話を聞いた坂下さんも賛同した。

 「演奏会ができなくても、集まって歌うだけでもいい」。そんな声が広がっていた。練習場所は県立看護大(明石市北王子町、現在の県立大看護学部)が貸してくれることになった。

 6月初旬、合唱団の結団式に集まったのは164人。例年の半分だ。

 坂下さんは呼び掛けた。

 「絶望の淵に立たされた人たちが精神の極限に直面した時、思わず口ずさむ音楽が『第9』なのでしょう。こんな時だからこそ歌いましょう」

     ◆

 まち全体が復旧作業に追われる中、坂下さんはこれまでと同じように、ドイツ語の詩の意味を丁寧に解説し、覚えてもらった。

 自由と平等、人類愛に満ちたドイツの詩人シラーの言葉は合唱団の心を勇気づけ、練習は日を追うごとに盛り上がった。

 合唱団の熱意は市民会館側にも伝わった。

 一時は中止を告げられた演奏会も、被害がほとんどなかった会館ロビーでなら開催できることになった。

 空調設備が使えないため、真冬を避けて開催は10月末に決まった。

 そして、10月29日。「第13回明石第九演奏会」には300人を超える観客が集まった。

 舞台は、ホールに続く正面階段。観客席は簡易イス。伴奏はオーケストラではなく、2台のピアノ。

 《おお、友よ! このような調べではない! もっと心地よい喜びに満ちた調べに、ともに声を合わせよう》

 会館はまだ復旧途上。閑散としたロビーに、力強い「歓喜の歌」が響き渡った。

 バリトンパートを率いていた司馬良一団長(77)は「何度指導を受けても言葉の意味を歌で伝えるのは難しかったが、この時はシラーの言葉が、自分の心から出てきた」と当時を振り返る。

     ◆

 終演。ロビーは大きな拍手に包まれた。

 坂下さんは、かつてない達成感を覚えた。

 「『人類は兄弟だ』と繰り返す詩の通り、心から一つになれた。第9を歌う本当の意味はこれなんです」

 市民会館は翌96年に復旧し、「第九演奏会」は現在まで途切れることなく続く。

 「人や国の対立が多い時代だからこそ、第9に込められた思いを伝え続けてほしい」

 坂下さんの意志を継ぎ、今年の年末も歓喜の歌声がホールに響く。メンバー募集は春以降に始まる。

■明石第九合唱団の指導者 坂下功一さん

 高校の音楽教師として勤務しながら、1983年の初演から「明石第九合唱団」の指導を続けてきた。

 歌詞への理解に重きを置く理由は、神戸大教育学部で声楽を学んでいた頃の経験にある。

 「お前はヨーロッパの人がどれだけ春を待ちわびているのか分かっていない」。春の訪れを喜ぶシューマンの「詩人の恋」を練習していた時、担当の先生から言われた言葉だ。

 それ以降、歌うことの意味を考えるようになった。

 第9は、当時の音楽の概念を打ち破り、交響曲に声楽を取り入れたベートーベン晩年の作品。

 「僕個人の考えだけど、身分差別に反対したベートーベンは一般市民が参加することまで期待して、第9を合唱曲にしたんじゃないかと思う」

 市民合唱団には、ベテラン、素人問わずさまざまな人が集まる。まとめるのは簡単ではないが、歌い上げた時の感動は大きい。

 「僕ももう77歳。そろそろ後進に譲らないと。団員たちに助けられながらやってきた。指導者として少しは役に立てたのかな」。謙虚にほほ笑んだ。

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