明石

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78歳を前に「生前遺作展」を開く画家竹中信清さん=神戸市西区
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78歳を前に「生前遺作展」を開く画家竹中信清さん=神戸市西区
「明石海峡を望む」
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「明石海峡を望む」
「四方街(麗江)」
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「四方街(麗江)」
「鞆の浦」
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「鞆の浦」

 兵庫県・明石で長年活動する洋画家、竹中信清さん(77)=神戸市西区=の「生前遺作展」が28日、明石市立文化博物館(上ノ丸2)で始まる。今年、明石美術協会の会長になり、絵画教室の講師を10も抱えるほど現役バリバリなのに、なぜ「遺作展」なのか。竹中さんを訪ねた。

 案内状にはこうあった。

 「だんだん係わりのある人達が消えていく現在をさみしく思います」

 「元気な間に今までの私の生き様を、絵画を通して皆様に感じとっていただきたく」

 事実上の“引退宣言”なのか。

 「これまで何度か遺作展を見てきたが、画家が亡くなってから遺作展が開かれても、故人は見に来てくれた人に何も言えない。本人には不本意な作品や、見られたくない作品を公開されてしまうこともあるでしょ。そもそも家族や友人が遺作展をやってくれるかどうかも分からん。それなら、生きているうちに自分でやってしまおうということですわ」

 遺作展という言葉のイメージとはかけ離れた力強さで語り続ける。

 「地位を気にせず、たがを外して、今までできなかったこと、描けなかったことをやりたい」

 笑顔の竹中さんには、エネルギーが満ちあふれていた。

 「こういう生き方をする男がいてもええんちゃうか。あと5年くらいは生きられると思うから、本当の自分を探したい」

     ◆

 竹中さんは愛媛県の山間部に生まれ、神戸市西区で妻とともに鉄工所を創業。明石在住の画家飯森次郎らに師事し、明石を中心に活動してきた。

 モチーフは風景、人物、静物などの具象が多い。県美術家同盟賞、明石市文化功労賞など受賞多数。50年以上続く明石美術協会で、ただ一人残る創立メンバーだ。

 昭和の道具やおもちゃを収集するのが趣味で、岡山県美作市の温泉街に「昭和館」を開設している。

 振り返れば、画に影響を与えた出来事は多い。

 1995年の阪神・淡路大震災では発生翌日にボランティアで被災地に入り、記録として絵も描きながら支援物資を運送した。

 描いたスケッチは作品集になった。

 99年には中国・雲南省に2カ月滞在。豊かさと引き替えに日本人が失った人情のようなものに感銘を受けた。

 作品は画集「生きる」になった。

 「(パナソニックの創業者で、多数の名言を残した)松下幸之助は、成功の要因を自身の無学、虚弱、貧しさだと言っている。どれも不幸の要因だろうが、成功したから言えること。40年近く鉄工所を経営し、好きなことができるのも、絵描きを糧にしてきたから」と確かめるように話す。

     ◆

 「生前遺作展」には油彩40点、水彩16点が並ぶ。

 「久しぶりに昔の自分の作品を見ると、20~30年前は発想、モチーフ、描き方に勢いがある。今は年を取った絵になっている」と自作を分析する。

 「あと5年は生きていられるだろうから、徳島の小歩危に買った古家で過ごし、まだまだ面白いことをやりたい」

 6月2日まで。午前10時~午後5時。初日は午後1時から。最終日は午後4時まで。無料。(吉本晃司)

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