明石

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彫画はこの書斎から生まれる=明石市
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彫画はこの書斎から生まれる=明石市

 はあ、もう半世紀でっか。早いもんですなぁ。

 太一さんが丸い顔をほころばせた。

 明石の風景を中心に、新聞や雑誌で多くの作品を発表してきた彫画家、伊藤太一さん(84)=兵庫県明石市=が、ナイフを使った独自の作画法「彫画」を編み出して50年。どこか懐かしく、まちの歴史への敬意がにじむ作品は、作家の人柄そのまま、あったかい。

 ほら、おだやかな明石の風景に、おかっぱ頭の女の子。あなたもどこかで見たことがあるでしょう。

 よいしょ、よいしょ、あーしんど。

 神戸新聞明石総局のある古いビル。細くて暗くて急な階段を3階まで上った太一さんが勢いよくドアを開ける。

 この階段が上がれんようになったら、ぼくも引退ですなぁ。

 明石版で連載中の「あかしの歴史風景」の、できたてほやほやを月2回、自宅から持参してくれる。連載開始から12年、太一さんも年を取ったなあ。

 人生100年時代というけれど、寄る年波には勝てません。もうひとがんばりしてもらうためにも、太一さんの人生をたどりながら、独創的な作風の原点を探ってみたいと思うのです。

    ■     ■

 1935(昭和10)年生まれの太一さんが、ペンを使わずに絵を描く方法「彫画」を編み出したのは、今から半世紀も前の60年代前半。結婚し、神戸から明石に引っ越してからすぐの頃だった。

 それまではペンを使い、児童漫画のアシスタントやテクニカル(技術系)イラストレーター、新聞の図案制作などをしていたそうだ。

 仕事は、頼まれれば、断らない。その中に、機械メーカーから依頼された部品を改良する仕事があった。

 「絵だけでは食べていかれませんからねぇ。いろんな仕事を引き受けましたけど、今で言うシュレッダーの刃を設計する仕事があって、どんな形の刃がよく切れるのか、自分で試作しましたなぁ」

 刃の材質。厚さ。刃先の角度。変形具合。あらゆる紙材を試しに切っていたら、いろんな形の切れ端が大量にでた。それを見て、太一さんは思いついた。

 ナイフで描画したらどないやろ。

 刃と紙と糊。

 この三つで、切り絵でも貼り絵でも版画でもないオリジナルの作画法が誕生した。これが太一さんの絵に独自性を与えることになる。創作の現場で道具が変わると、素材の単なる置き換えにはならない。新しい作風が生まれるのだ。

 太一さんは今年1月、彫画をどうやって制作しているのか、イベントで公開した。厚さ0・5ミリに満たない白いケント紙に墨を塗る。ナイフで絵の輪郭を入れる。墨の部分を薄く削っていく。

 削らずに残した部分は黒、削った部分は紙の白。陰影の鋭い絵ができる。そこに、色が付いた別の紙を貼れば、色鮮やかな彫画になる。

 印刷物になった作品をよく見ると、紙の厚みやナイフの切り込みがかすかに見える。時折開かれる原画展をのぞけば、切ったり貼ったり、苦心の跡が手に取るように分かる。

 20代後半に「彫画らしきもの」を試行錯誤していた太一さんは、30代でほぼ現在の手法を確立し、新聞などに発表していく。

 「おこがましいですが」と謙遜するけれど、自ら名付けた「彫画」という言葉には、ぼくが創り出した技法や、という少しばかりの自負が込められている。

=この連載は吉本晃司が担当します=

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