明石

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注文を受け、だし巻きを作り始める店主の潤さん=明石市鍛治屋町
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注文を受け、だし巻きを作り始める店主の潤さん=明石市鍛治屋町

 行く年来る年、ふと頭をよぎる、この1年間の出会いと別れ。ここで1軒の酒場の話でもしましょうか。

 兵庫県明石市鍛治屋町の「三國酒店」。知る人ぞ知る立ち飲み、いわゆる「角打ち」の名店でもありました。

 店に入ると、明石をはじめ全国のおいしそうな地酒が並ぶガラス張りの冷蔵庫。その奥に、10人も入ればいっぱいになる酒場がありました。

 店主の潤さん(85)いわく、店は元々、三國酒造という江戸時代から続く酒蔵でした。「西灘」と呼ばれた明石に約70あったとされる蔵の一つ。「人丸酒」という銘柄を造っていたそうです。常連客の1人が「大蔵谷の宿場町でやってた蔵や」と補足してくれます。

 潤さんの父の代でつぶれてしまいました。「先物取引でやられましてな。財産すべてこれですわ」。手のひらをパッと広げ、潤さんが笑います。

 カウンターでビールを手酌しながら、すすけた壁に張ってある品書きを吟味します。

 「もやし炒め280円」「ハム(焼きます)340円」…。お隣さんから漂うだし巻きの匂いに誘われ「こっちもお願い」。

 するとそのお客さんが「1人分が多いんで一緒に食べませんか」とにんまり。

 さっそく箸をのばします。古びたCDラジカセから、客が持ち寄ったCDの歌謡曲が、ゆったりと流れていました。

 「おい、三國酒店が閉まるんや。知っとるか」

 9月初旬、明石総局に男性から1本の電話がかかってきました。口調はぶっきらぼうですが「あっこのお母ちゃんの料理がうまくてな。みんな残念でしゃあない。記事にしたって」と取材依頼。その日から3日連続で、同僚と足を運びました。

 明石市小売酒販組合によると、10年ほど前までは昔ながらの酒店が約180軒あり、そのほとんどに「角打ち」があったそう。それが今では約80軒に減り、立ち飲みができるのは約40軒だそうです。

 「どこの店も後継者がいなくてね…」。組合専務理事の濱田勉さん(69)は、ため息交じりです。

 1938年創業の「三國酒店」。妻久子さん(83)が腕を振るった一品料理が、「乾き物くらいが関の山」だった立ち飲みの常識を変え、人気を呼びました。

 ところが、後継ぎの息子さんが今年4月に急逝。娘の手を借りながら、久子さんと切り盛りしてきた潤さんでしたが、「もう年や」と決意を固めたのです。

 閉店する9月7日。店内は常連客でいっぱいです。入れ代わり立ち代わり、潤さんや久子さんに別れを告げています。

 「おじちゃんもおばちゃんも元気でな」

 「ほんまにありがとう」

 午後6時の閉店時間が迫り、客が1人、また1人と帰っていきます。潤さんは曲がった背でガスこんろに向かい、だし巻きを焼き続けます。

 最後のお客さんが会計を済ませました。潤さんはいつもと変わらない様子で、がらがらとシャッターを閉めました。

 翌日。閉店を告げる張り紙が店の入り口に貼られていました。

 〈長きにわたりご愛顧いただき、大変ありがたく感謝申し上げます〉

 また一つ、街の明かりが消えました。(小西隆久)

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