明石

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「かにがさか」保育園。園児の多くが名前の由来を知っていた=明石市和坂1
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「かにがさか」保育園。園児の多くが名前の由来を知っていた=明石市和坂1
名前の由来となった坂「かにがさか」でわさカーニと並ぶまちづくり協議会のメンバーと子どもたち=明石市和坂1
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名前の由来となった坂「かにがさか」でわさカーニと並ぶまちづくり協議会のメンバーと子どもたち=明石市和坂1
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 明石市和坂(兵庫県)。皆さん、どう読みましたか。「あかししわさか」。正解です。でも、もう一つ正解があるんです。「あかししかにがさか」。JR神戸線西明石駅北東の一角と、明石-西明石駅間の線路沿いにあります。実は、「わさか」と呼ばれている和坂小学校一帯もかつては「かにがさか」と呼ばれていました。和坂(わさか)では今、「かにがさか」の由来をまちづくりに生かす取り組みが展開されつつあります。(吉本晃司)

 和坂小学校区の左義長や納涼祭、保育園の入園式では着ぐるみ「わさカーニ」がひそかな人気だ。

 幅1・5メートルもある横長の体形だから建物のドアを通過できない。本物のカニと同様、横歩きする姿が子どもたちの笑いを誘う。

     ■

 1970年まで和坂は「かにがさか」とも「わさか」とも呼ばれていた。

 だが本来の読みは「かにがさか」。それは、この地の大蟹伝説に由来する。

 〈平安時代、カニに化けて人を襲う古狐に怒り、池の大カニがやっつけた。だが今度は大カニが坂を通る人を襲う。困った住民たち。そこで巡行中の弘法大師が大カニの心を和らげ、岩に封じ込めた〉

 --そうな。それで坂上寺から和坂2にかけての坂が「蟹ケ坂」と呼ばれているらしい。長年近くに住む和坂福祉会の林谷文子理事長(65)は、祖母が地元を「かんにゃさか」と呼ぶのを覚えている。

 和坂と書いて「かにがさか」。難読にもほどがある。行政上の不都合が生じ、1970年、呼び方を「わさか」に変えていた。

 だが、こうなると、地域とカニの関係が分からなくなる。古い住人にとって慣れ親しんだカニの村が薄れるのは寂しい。2013年ごろ、地域の古老はカニのイラストを地域のシンボルにしようと考えた。

 「きっかけは子どもたち。和坂小の児童が地域の歴史を勉強し、小学校の創立30年記念に校区のマスコットと名前を決めた。わさカーニの名付け親は児童なんです」。和坂校区まちづくり協議会の入江俊勝事務局長(76)が教えてくれた。

     ■

 入江さんらは資金を募って着ぐるみを制作。子どもや新住民にカニをアピールしていく。

 「残そうというより、知ってもらいたいという思いが大きい。なんでカニなんや、という疑問から地域の歴史を学んでもらえる」

 公民館や小学校など、「わさか」と読ませる施設が大半になる中、17年に「かにがさか保育園」(和坂1)が誕生。名付けたのは林谷さんだ。

 「保育園の周辺は、かにがさか地域の中心。おばあちゃんがカニや狐の話を面白おかしく話してくれた。そういう記憶が忘れ去られるのが嫌で」

 かにがさか保育園と書かれた園舎の外で、園児と保育士が寒さに負けずはしゃいでいた。

 「かにがさかに和の字を当てられているのは、地域のまとまりを願っているのだと思いますよ」

■区画整理後も残った「和坂」の地名

 明石市によると、「かにがさか」と読まれていた「和坂」を「わさか」と変更したのは1970年。宅地化が進み、行政サービスや郵便配達などで支障が生じてきたため、市が現在の和坂、川崎町、林、貴崎、東藤江、西明石南町一帯の住居表示を見直した。

 このとき、当時の国鉄明石電車区の線路上は住民がおらず、行政上の混乱が生じないとして見直し区域から外れた。西明石駅北東部も対象外だった。それで、線路上と同区域が「明石市和坂」として残った。

 72年に山陽新幹線が開通。市は77年、西明石駅北部を区画整理し、野々上、松の内、小久保などの町名を設定したが、その際も駅北東部は含まれなかった。この結果、「和坂」がそのまま残った。

 市によると「区画整理になぜその区域が含まれなかったのかは記録がなく、今となっては分からない」。

 97年、線路の北側、国道2号の南に阪神・淡路大震災の復興住宅が完成。被災者が入居し、和坂小学校区に再び「かにがさか」の住民が誕生する。

 「住民にも行政にも特に支障がなく、要望もないなら、地名は変える必要がない」と市。かにがさかの地名は当分残りそうだ。

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