明石

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明石空襲の犠牲者が眠る二つの墓に手を合わせる参列者=明石市上ノ丸1
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明石空襲の犠牲者が眠る二つの墓に手を合わせる参列者=明石市上ノ丸1

 太平洋戦争中の明石空襲で最多の犠牲者が出たとされる6月9日を前に、兵庫県明石市上ノ丸1の大聖寺で7日、慰霊祭が営まれた。新型コロナウイルスの影響で昨年より参列者は少なかったが、松尾義康住職(67)や檀家(だんか)らが犠牲者の冥福を祈り、戦争のない平和な世界を願って手を合わせた。(長沢伸一)

 明石市内では1945年1~7月、計6回の空襲を受けた。川崎航空機(現・川崎重工)の工場などが狙われ、約1500人が亡くなったとされる。2度目となった6月9日の空襲では、明石公園周辺が攻撃され、600人以上が犠牲となった。

 境内に川崎航空機の従業員寮があった縁で、大聖寺は引き取り手のない遺骨を預かり、毎年慰霊祭をしてきた。戦後、同社と明石市が死者を供養する二つの墓を建立した。

 高齢化が進み、10年前から遺族の参列は無くなった。さらに、今年はコロナ禍で、例年参加していた人が来られなくなったが、松尾住職は「遺族がいなくてもお墓を守っている寺として、亡くなった人を供養することは使命」と開催を決めた。

 この日は10人が参列。窓を開けて換気し、席の間隔を空け感染予防対策をとった本堂で読経した。続いて参列者は境内の墓石に向かって手を合わせた。

 同寺では来年以降も慰霊祭を継続する予定。松尾住職は「戦争を知らない世代が引き継ぐ時代になっている。一人でも多くの人に供養墓の存在を認識してほしい」と話した。

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