明石

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石野巌さん
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石野巌さん
佐々木洋子さん
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佐々木洋子さん
大野美智子さん
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大野美智子さん

 阪神・淡路大震災から26年となった17日、兵庫県明石市内でも発生時刻の午前5時46分に合わせて追悼行事があった。今年は新型コロナウイルス感染拡大を受け、炊き出しを中止するなど簡素化。マスク姿の住民や仮設住宅で被災者に寄り添ったボランティアらが未明の闇にともった灯に手を合わせた。決してあの日を忘れない-。震災の記憶、防災や思いやりの大切さにそれぞれが思いを巡らせた。

■コロナ禍の今 助け合いを 石野巌さん(74)

 あの時、布団の中で本を読んでいた。立ち上がれないほどの激しい揺れ。明石市内の自宅は半壊。友人らと連絡がつかず、神戸まで夢中でバイクを走らせた。

 「みんなつぶれた家の前でぼうぜんと立ち尽くして。こんなことになるなんて誰も思ってもいなかった」

 当時経営していたライブハウスに顔を見せていた中高時代の同級生は、自宅が倒壊し圧死した。「自分は今もこうして生かしてもらっている。感謝しないといけない」。錦江幼稚園での追悼式に毎年参加。亡くなった人に祈りをささげる。

 「コロナの今は震災の頃のように助け合えていないと感じる。今日をきっかけに人と人が助け合う大切さを思い出してほしい」(川崎恵莉子)

■高齢者の見守り続けたい 佐々木洋子さん(82)

 突然の揺れで自宅の土壁が崩れ、屋根瓦はずり落ちていた。近所の夫婦が仮設住宅に移った。「自分もここに入っていたかもしれない。放っておけなかった」

 この日、追悼集会があった仮設住宅の跡地には思いが詰まっている。1995年3月の開設直後から、婦人会有志で炊き出しを始めた。温かいものを食べてもらいたい一心で、50人分のみそ汁を家から持っていったこともあった。

 安否確認で仮設住宅を回った。「気持ちに余裕がなく、入居者一人一人に声かけができなかった」と悔やむ。現在も仲間と月1回、高齢者の見守り活動を続ける。震災時の後悔を教訓に体の動く限り-。跡地にともったろうそくの光を見つめて誓った。(長沢伸一)

■心をつなぐ大切さ学んだ 大野美智子さん(75)

 「新型コロナで炊き出しはできなかったけど、震災のことは私たちが引き継いでいくわ」。目を閉じ、亡くなったボランティアの先輩に心の中で伝えた。

 1995年夏の暑い日だった。鉄板の前に立ち、約30人の仲間と焼きそばを作り続けた。調理に夢中で記憶は定かではないが、仮設住宅の被災者らが喜んでくれたことは覚えている。これが活動の原点になった。

 結婚前まで過ごした神戸市灘区の実家は全壊。西明石に引っ越してきた母親や子ども3人の世話をしつつ、炊き出しのボランティアに加わった。

 「震災前は家族だけよければと思っていた。助け合いや心をつなぐ大切さはここで学んだわ」(長沢伸一)

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