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安政6年に製作された版木(左)と、それで刷られた疫病退散祈願のお札を持つ櫻木徳宗住職=明石市大蔵本町
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安政6年に製作された版木(左)と、それで刷られた疫病退散祈願のお札を持つ櫻木徳宗住職=明石市大蔵本町
版木の裏書き。製作時期の「安政六未年」や、コレラの呼び名「トンコロリ」などの文字が読み取れる=明石市大蔵本町
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版木の裏書き。製作時期の「安政六未年」や、コレラの呼び名「トンコロリ」などの文字が読み取れる=明石市大蔵本町

 「トンコロリ」と呼ばれた疫病の退散を願い、幕末の1859(安政6)年に製作されたお札の版木が、大蔵院(兵庫県明石市大蔵本町)で見つかった。当時の疫病とは海外から侵入し、猛威を振るっていたコレラのことだ。新型コロナウイルスと同じ感染症の流行に悩まされた約160年前の明石の人びとが、収束をひたすら祈った切実な思いが伝わってくる。(長尾亮太)

 1800年建造の旧本堂の建て替えに伴い、内部にあった仏具などを移した際、櫻木徳宗住職(62)が縦37センチ、横10センチ、厚さ3センチの版木に目を留めた。

 「三日トンコロリ 病気之(の)時 祈祷致(きとういた)シ三四日シテ退散ス」

 裏書きに聞き覚えがある「トンコロリ」の文字を見つけた。調べたところ、幕末に流行したコレラのことだと分かった。版木は安政6年7月の盆前に製作され、それで刷ったお札が檀家に配られたと記してあった。

 表面にはお経が彫られており、目を凝らすとそれが「卻瘟神呪(ぎゃくおんじんしゅ)」であると分かった。このお経は疫病をもたらす鬼たちの名を挙げ、疫病を退散させようとするものという。

 「疾去疾去(しつこーしつこー) 莫得久住(まくとくくーじゅう)(速やかに去れ いつまでもとどまるな)」と唱えてお経は結ばれる。

 臨済宗のお経の中でもそれほど有名でないというが、櫻木住職にはなじみがあった。闘病する親しい人の治癒を願い、10年以上前に日々唱えていたのだ。新型コロナウイルスが流行した昨年以降も、その収束を願って毎朝のお勤めの中で読んでいた。

 「『卻瘟神呪』はコロナに収束してもらいたい現代社会にぴったりのお経-との私の見立ては間違っていなかった」。6代前の住職の名が記された経版木を見ながら、櫻木住職はそんな気持ちを強くした。試しに版木でお札を刷り、座禅会で大蔵院を訪れる人たちに配った。

 新型コロナという、同じ感染症の流行に悩まされる中で版木が見つかったことに、櫻木住職は不思議な縁を感じている。「明石でもコロナがかつてない猛威を振るい始めている。この版木で刷ったお札が要らなくなるような局面を早く迎えてほしい」と話している。

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