淡路

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災害への思いをしたためた渡瀬恒彦さんの色紙。隣に並ぶのは兄の渡哲也さんのメッセージ=北淡震災記念公園
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災害への思いをしたためた渡瀬恒彦さんの色紙。隣に並ぶのは兄の渡哲也さんのメッセージ=北淡震災記念公園

 72歳で亡くなった俳優の渡瀬恒彦さん。兄の渡哲也さんとともに幼少期を過ごした旧津名郡淡路町(現兵庫県淡路市岩屋)などでは「郷土の誇りを失った」と惜しむ声が相次いだ。

 「『病気が回復して調子がいいから、また仕事をする』と聞いていたのに…。朝からずっと泣いている」と嘆くのは、岩屋で喫茶店を営んでいた池本千恵子さん(85)。家族ぐるみの付き合いがあったといい「今朝も渡さんから『葬儀は家族で済ませるから気配りはいらない』と電話があった。東京に行ったとき、兄弟2人で名所を案内してくれたのが思い出」と話した。

 兄弟と親交があった日本舞踊藤間流教授の藤間舞勢さんは「10年ほど前、渡さんの楽屋を訪ねたとき、渡瀬さんも来ていた。兄を引き立てるため、自分は陰に隠れて支えている印象が強かった」。交流があった吉田保男さん(75)は「一緒に海水浴をしたのを思い出す。渡さんはいつも『僕はスターだけど弟は俳優』とよく言っていた。互いに尊敬し合っていた」と述べた。

 渡さんと同級生という70代女性は「郷土の誇りを失ったようで悲しい一日になった」と声を詰まらせた。門康彦淡路市長は「郷土のスターとして顕彰する方法なども、市として考えたい」と語った。

 阪神・淡路大震災から15年となった2010年には、淡路市の北淡震災記念公園での企画展に、渡さんとともにメッセージ入りのサイン色紙を寄せた。墨で「断 油断」としたためた色紙は同園が保管しており、企画展を担当した職員池本啓二さん(44)は「快く一筆書いてくださり、離れていても淡路島を故郷としてずっと思っていたはず。突然の訃報で残念」としのんだ。

 映画などの撮影をサポートする淡路島フィルムオフィスによると、渡瀬さんは14年3月に民放のテレビドラマ撮影で岩屋を訪れた。現場で元同級生らと談笑し、撮影後は集まったギャラリーに笑顔であいさつをしていたという。同オフィスのスタッフは「気さくな人柄が印象的だった」と振り返った。(内田世紀、渡辺裕司、長江優咲)

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