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地震で生き埋めになったことについて語る安楽徹さん=北淡震災記念公園
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地震で生き埋めになったことについて語る安楽徹さん=北淡震災記念公園

 23年前、生き埋めになった。濃いガスのにおいがして、死がすぐそこに迫っていたことを忘れない。東京での英語講師生活を経て、半年前から高速船運航会社「淡路関空ライン」(兵庫県洲本市)に勤める安楽徹さん(43)=淡路市野島江崎=は、初めて追悼式に参加した。雨が吹き付ける北淡震災記念公園で午前5時46分を迎え、黙とうをささげた。精霊を流し、犠牲になった人々に手を合わせた。「私はあのときから、『生き』だした」-。

 東京都出身。震災当時は神戸市外国語大学の1年生で、同市長田区の古い一軒家に下宿していた。徹夜で試験勉強をしていて、2階から下りる途中で激震に遭う。崩れ落ちた1階に下半身が埋まり、一切の身動きがとれないところに濃いガスのにおい。付近の住民だろうか、「たばこに火ぃつけんなよ」という男性の声が聞こえた。焼け死ぬことを覚悟した。

 助け出されたのは昼前。右脚のじん帯を損傷して歩くことができず、そのまま53日間入院した。4月、下宿先のあった場所に向かうと、道路を隔てた反対側は焼け野原に。風向きが少しでも違っていたら-。ぞっとした。

 「地震に殺されそうになったからこそ、一日一日を大切に生きるようになった。幸せを感じるようになった」。卒業後は神戸大学大学院に進学。地域経済の研究のため、いっとき淡路島に住み込んだ。淡路関空ラインへは、そのときの縁で合流。上司が北淡震災記念公園運営会社の前社長という偶然も重なり、ともに追悼式に参加した。

 「いろんなつながりの中で生きている。あの地震があり、今の自分がいる」。思いを新たにした。(西井由比子)

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