淡路

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「昭和の辰悦丸」を前に、復刊本を手にする安部剛司さん(右)と砂尾治さん=淡路市塩田新島、淡路ワールドパークONOKORO
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「昭和の辰悦丸」を前に、復刊本を手にする安部剛司さん(右)と砂尾治さん=淡路市塩田新島、淡路ワールドパークONOKORO
北海道に向け、海路を進む「昭和の辰悦丸」=1986年(安部さん提供)
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北海道に向け、海路を進む「昭和の辰悦丸」=1986年(安部さん提供)

 江戸後期に活躍した兵庫県洲本市五色町出身の豪商・高田屋嘉兵衛(1769~1827年)が走らせた北前船「辰悦丸」。その勇姿を再現した木造船が、同県淡路市塩田新島の遊園地「淡路ワールドパークONOKORO」で展示されている。実はこの船、今から33年前に、嘉兵衛が進んだ瀬戸内海や日本海を巡り、41日間で北海道まで約2500キロを走破した“伝説の船”。嘉兵衛の生誕250年に当たる今年、功績をたたえる「高田屋嘉兵衛翁顕彰会」が当時を振り返る本を復刊させ、北前船の寄港地などに贈った。(上田勇紀)

 北前船は、北海道-大阪間を瀬戸内海、日本海を通って行き来し、「動く総合商社」として人や物品、文化の交流を生んだ商船群。嘉兵衛の辰悦丸もその一つで、1500石積みの巨大船による活躍で、その名をとどろかせた。

 復元船ができたのは1985(昭和60)年。大鳴門橋の完成を祝して淡路島で開かれた「くにうみの祭典」に合わせ、南淡町(現・南あわじ市)にあった造船会社「寺岡造船」(寺岡義一社長)が、総額約7千万円で造り上げた。

 全長約30メートル、幅約9メートルの帆船で、祭典主会場の「おのころ愛ランド公園」(「ONOKORO」の前身)に展示されると、その雄大な姿が全国から反響を呼んだ。北前船が往来していた北海道江差町からは「実際に走らせて町まで来られないか」と要望があり、寺岡造船は航海できるように造り直した。

    ◇   ◆

 翌86年5月5日、「昭和の辰悦丸」は淡路島の津名港を出発。大阪、丸亀(香川)、下関(山口)、竹野(兵庫)、輪島(石川)、酒田(山形)、秋田…。各地に立ち寄りながら6月14日、19カ所目に目的地の江差町へ到着した。寺岡さんの孫で、すべての寄港地を訪れた安部剛司さん(54)=洲本市=は「どこの港でも、ものすごい歓迎ぶり。船上結婚式も各地で行われた。新聞やテレビでは連日のように取り上げられた」と懐かしむ。エンジンを持たない帆船で、安全のためタグボートで引っ張って進み、「人がランニングするより遅いくらいのスピード」だったという。

 船はその年、カナダ・バンクーバーで開かれた国際交通博覧会にも出展し、世界から注目を浴びた。

 淡路島に戻った後は同公園で陸上展示され、「ONOKORO」となってからも続いている。

    ◆   ◇

 同顕彰会(洲本市五色町)は今年、復元船の歩みをまとめて89年に発行された「北前船」(全103ページ)を復刊させた。砂尾治会長(76)は「過疎化も進む各地の寄港地を活気づけ、あれだけ感動を呼んだのは辰悦丸だけ。その歴史を改めて知ってほしい」と話す。

 同会は、文化庁が昨年までに日本遺産に認定した「北前船寄港地・船主集落」の全国38市町に本を寄贈した。安部さんは4月末からの大型連休を使い、妻泰子さん(47)と車で寄港地を訪問。役所や関係機関の職員に本を手渡した。安部さんは「当時の盛り上がりを知っていて、喜んでくれる自治体が多かった」と喜ぶ。訪問できなかった市町には郵送で贈ったという。

 復刊本は一般販売はしていない。昭和の辰悦丸は、「ONOKORO」で見ることができる(入園料が必要)。

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