淡路

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弟・大久保賢一さんの写真を手にする畠田正子さん。多くが土砂に流され、手元にある貴重な写真だ=淡路市内
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弟・大久保賢一さんの写真を手にする畠田正子さん。多くが土砂に流され、手元にある貴重な写真だ=淡路市内

 兵庫県内で26人、そのうち淡路島で10人が犠牲になった2004年の台風23号から、20日で15年となる。想定を超える雨風が島を襲い、尊い命が失われた。遺族はいまも、悔やみきれない思いを抱えて生きている。取材に応じてくれた女性の胸の内を届けたい。(上田勇紀)

 「本当に、優しい表情をしてるでしょう」

 犠牲になった弟・大久保賢一さん=当時(34)=の写真を見つめ、畠田正子さん(54)=淡路市=があの日を振り返る。

 15年前のきょう、10月20日。列島に大きな爪痕を残す台風23号が近づく。前日からの雨に加え、激しい風が勢いを増した。

 正子さんは夕方、心配になって賢一さんと両親が住む淡路市の実家に電話した。だが、誰も出ない。賢一さんの携帯電話にかけてもつながらない。不安が募り、携帯にメールを送った。「至急連絡!家電話出ない。避難した?」

 実家は山が迫る場所に建っていた。大工の仕事を切り上げて帰った賢一さんは、父と一緒に、裏のミカン畑を見回りに出掛けた。そこで突然、大規模な土砂崩れが起こり、賢一さんをのみこんだ。土砂は納屋や離れを押し流し、母屋にも入った。賢一さんから少し離れた場所にいた父と、母屋にいた母は間一髪、無事だった。

 正子さんは、現場を見に行った夫からの電話で事態を知る。「言いにくいんやけど、弟がおれへん」。自衛隊も加わり、夜も捜索が続いた。発見されたのは翌日の昼間。電柱に引っかかるような形で、雨がっぱ姿の賢一さんが土に埋もれていた。

    ◇    ◇

 高校を出てから、賢一さんは親方について大工になった。最初は見習いだったが、確かな仕事ぶりが評価され、いろんな現場に呼ばれては、頼りにされていたという。

 「結婚もしてなかったんで、生きていたら、どうなってたやろ。幸せな家庭を持ってたかなあ」。正子さんが、34歳で逝った弟を思いやる。家族思いの優しい性格で、仕事が休みの日には、ミカンの出荷など両親の作業を手伝った。時折、仕事帰りに立ち寄っては、まだ子どもだった正子さんの娘3人をかわいがった。「両親も一緒に、みんなで旅行でも行こうって話してたのに」。当たり前のように交わしていた会話が、ふと思い出される。

 母屋は全壊となり、実家は同じ場所に再建された。76歳になった母は介護施設に入り、82歳の父が一人で暮らす。父は足腰が弱っても日々、賢一さんのお墓参りを欠かさない。

 台風23号では、賢一さんを含め、全国で死者・行方不明者が98人に上った。そんな犠牲の後にも、災害は繰り返されている。正子さんは、ニュースで土砂崩れの映像を見て当時のことがよみがえり、夜も眠れないことがあった。

 「もう15年たつのか、という感じがする。これからも、(あの日のことは)絶対に消えないでしょうね」。静かに言葉をつむいだ。

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