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樋口季一郎氏の顕彰会を設立した発起人ら=南あわじ市役所
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樋口季一郎氏の顕彰会を設立した発起人ら=南あわじ市役所
樋口季一郎氏が故郷の親類宅に持ってきた大礼服。若人の広場公園に展示されている=南あわじ市阿万塩屋町
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樋口季一郎氏が故郷の親類宅に持ってきた大礼服。若人の広場公園に展示されている=南あわじ市阿万塩屋町

 兵庫県南あわじ市阿万地区の住民らが、同市出身の旧陸軍軍人、樋口季一郎氏(1888~1970年)の顕彰会を発足させた。「命のビザ」で有名な外交官、杉原千畝氏より前に、ナチス・ドイツに迫害された多くのユダヤ人難民を旧満州国(現中国東北部)で受け入れたとされるが、その功績は生まれ故郷の南あわじでもあまり知られていない。戦後75年、没後50年で、樋口氏の決断や功績を学ぶ動きが広がる。(高田康夫)

 樋口氏は旧阿万村の生まれ。関東軍のハルビン特務機関長として赴任していた38年、ナチス・ドイツからの迫害で旧ソ連領に逃れてきたユダヤ人難民の受け入れを決断し、外交上の手続きに奔走した。一説では救出されたユダヤ人は約2万人に上るとされ、杉原氏がユダヤ人を助けるためにビザを発行する2年も前のことだった。

 樋口氏はその後、北方で南下してきた旧ソ連軍と戦うなどし終戦。戦犯対象としても名前が挙がったが、ユダヤ人の間で樋口氏の救出運動が起こり、戦犯引き渡しの要求は立ち消えたという。

 終戦後、樋口氏は自身のことを多く語らず、軍人だったためか、戦時中の功績も伏せられていた。「ふるさとには何も残していないから」と、南あわじ市内の親類宅に大礼服を持ってきていたが、故郷でも樋口氏の功績を知る人は少なかったという。

 戦後75年、没後50年となる今年に合わせ、樋口氏を知る阿万地区の住民ら5人が発起人となり、「人の命を守り、世界の平和を考えた生きざまを知ってもらいたい」などと顕彰会を設立。樋口氏の親類に当たる萩原重幸さん(88)を講師に、8月には阿万地区で勉強会を予定する。

 没後丸50年となる10月には講演会「命と平和のつどい」を予定し、樋口氏の孫を招く計画。その後も記念碑の建立や、生誕地の阿万地区につながる道路に樋口氏の名前を付ける運動、映画化なども目指していくという。

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