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三味線に打ち込む原口輝夫さん。戦争で命を落とさず、長寿で挑戦を楽しむ=南あわじ市
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三味線に打ち込む原口輝夫さん。戦争で命を落とさず、長寿で挑戦を楽しむ=南あわじ市

 太平洋戦争で特攻隊員を目指し、出撃することなく終戦を迎えた原口輝夫さん(91)=兵庫県南あわじ市=が、浄瑠璃の三味線演奏に取り組んでいる。戦後、希望を失った原口さんら若者に、父が浄瑠璃の話の筋やせりふを語る「義太夫」の教室を企画。人間愛に満ちた内容に心を打たれ、平和の尊さを知る。90歳を超え、今度は三味線も始めた原口さん。戦後75年、「散らさず済んだ命があるから、新しい生きがいを見つけた」と力強くばちを握る。(佐藤健介)

 戦争末期、洲本商業学校(現洲本実業高校)に進むと、学徒動員で明石の軍需工場に徴用され船舶通信機の製造に携わった。神戸の空が空襲で赤々と染まるのを何度も目にしたが、学徒らは「戦うぞ」と高揚した表情で言い合ったそうだ。「異様な盛り上がりで、怖いと感じることすら許されない」。当然のように特攻隊を志すようになった。

 本土決戦に備えて旧日本陸軍が少年を対象に集めた「特別幹部候補生」に応募した。口頭試問では「お国に殉じる」と決意を語り、合格。だが、入隊することなく終戦となった。故郷の賀集村(現南あわじ市)に戻った。

 村には原口さんをはじめ必勝の信念に燃えながら失意のまま帰郷した若者が少なくなかった。そこで教師だった父が「戦争で希望を失った人が熱中できるものを」と企画したのが、三味線奏者を師匠として招いた義太夫教室だった。

 恋人に会えない切なさで泣き暮らして目をつぶした女性の話など、人間愛に満ちた演題が心にしみた。また、戦地から帰還した知人から「母の名を呼びながら、死んだ兵士がたくさんいた」とも聞いた。

 「戦争は一つもいいことはない。命を奪うことを強いる社会や教育は恐ろしい」。戦争の悲惨さを確信するようになった。

 30歳を過ぎる頃には農業の仕事が忙しくなり、次第に義太夫語りから遠ざかったが、高齢で田畑を耕す体力が衰えてくると再び意欲が湧いた。「戦争で命拾いし、生き永らえた意味を示したい」。若い頃に義太夫で親しんだ演題を音で彩ろうと、昨年末から三味線を始めた。プロ奏者の鶴澤友吉(つるざわともきち)さん(46)を自宅へ招いて稽古を重ねる。

 今秋には発表会を予定。実家を舞台とし、師匠を迎えて稽古にいそしんだ終戦直後を懐かしむ。「弾き語りに挑戦できるのも平和な時代だから。戦争のない社会のありがたさを感じてもらえたら」

     ◇

 発表会は「タイムスリップお屋敷ライブ」と銘打ち、9月5日午後2時半ごろから開催。原口さんのほか、鶴澤さんが指導する小中高校生らが三味線の連弾や義太夫語りを披露。無料。新型コロナウイルス対策で、動画投稿サイト「ユーチューブ」でも配信する。実行委員会TEL080・1471・4795

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