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祈りを込め、竹灯籠を流す参列者たち=淡路市小倉(撮影・内田世紀)
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祈りを込め、竹灯籠を流す参列者たち=淡路市小倉(撮影・内田世紀)

 阪神・淡路大震災から26年となった17日早朝、兵庫県淡路市小倉の北淡震災記念公園で追悼行事が開かれた。新型コロナウイルスの感染拡大により、大幅に規模を縮小。恒例だった合唱は中止され、参列者は例年の4分の1程度となった。それでも、遺族らが変わらぬ鎮魂の思いを込め、黙とうをささげた。(上田勇紀、赤松沙和)

 高台の公園に、凍えるような海風が吹きつける。たいまつの火の粉が、夜明け前の空に舞った。

 「黙とう」。地震発生時刻の午前5時46分、マスクをつけて集まった50人ほどが目を閉じた。

 昨年までは約200人が参加。黙とうの後には、鎮魂と復興への思いを込め、市民らによる「フェニックス合唱団」が歌声を響かせてきたが、今年はなくなった。

 訪れた人たちは、明かりのともった竹灯籠を静かに水に浮かべた。震災当時22歳だった夫、2歳の長男、11カ月の次男を亡くした伝法早苗さん(47)=淡路市=は「何年たってもこの日は特別。ここに来ると3人を思い出す」と話し、そっと手を合わせた。

 「感染拡大で、追悼行事をできるか悩んだ。悲しみや悔しさを繰り返さないため、縮小して開催させてもらった」と米山正幸・同公園総支配人。「私たちは、亡くなった方が生きたかった時間を生きている。あの日の記憶と教訓を、次世代につないでいく使命がある」と呼び掛けた。

 同公園の「語りべ」の一人、向井規子さん=同市=の姿もあった。「昨年からコロナ禍で語る機会が減っている」という。

 震災で全壊した自宅に一時、生き埋めになった。富島地区は島内でも被害が大きく、近所で亡くなった人もいる中で「なぜ私が生きているのか」と自問した。

 父の背中を追い、語りべとして激震の記憶や自宅再建までの長い道のりを話してきた。この日の追悼行事に足を運び、「体験した者として、これからも子供たちに伝えていけたら」と向井さん。語り継ぐことの大切さを、あらためて感じている。

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