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義援金を送り続けた募金箱と、100回目の「佐用の会」参加者=大阪市北区
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義援金を送り続けた募金箱と、100回目の「佐用の会」参加者=大阪市北区

 2009年8月の兵庫県西・北部豪雨で被災した佐用町を支援するため大阪で始まったチャリティー交流会がこのほど、100回目を迎えた。災害から8年3カ月、まちの復興を願って延べ約500人が足を運んだ。参加者の中にはその後、東日本大震災などでボランティアに赴いた人も多く、発案した会社員内藤勝さん(46)=大阪市平野区=は「佐用町を思う気持ちが全国の被災地へと広まった」と話す。(小西隆久)

 内藤さんは豪雨災害直後にボランティアで佐用町へ。会員制交流サイト(SNS)で被害や支援情報を発信する人らが顔を合わせる場を呼び掛け、交流会を開くことになった。

 初回は豪雨の翌月。約15人が、同町出身の三枝雄子さん(47)が大阪市北区で営む、同町の名物ホルモン焼きうどんの店「テン」に集った。三枝さんは「佐用町出身でない人も一生懸命に思ってくれる気持ちがうれしかった」と振り返る。

 以降、同店で毎月3、4日に催される「さようデー」に合わせて開き、支援者がホルモン焼きうどんに舌鼓を打ちながら交流を深め、義援金を募った。SNSで「楽しく集まるなんて不謹慎では」との意見もあったが、佐用町の復興とともに、参加者は広がり、50回目と80回目はそれぞれ同町と大阪で開いた。

 2011年東日本大震災や16年熊本地震では、参加者の中から被災地に出向く人もいた。佐用町仁方の岡本敏和さん(61)は熊本地震後、内藤さんと熊本県益城(ましき)町に入った。「佐用で受けた恩を少しでも返したかった。交流会を通じて、各地の災害にも思いをはせられるようになった」と話す。

 内藤さんは交流会を続け、町の魅力を発信することも大事な支援と考えている。「これからもずっと佐用町の人たちに寄り添い、交流会で生まれた絆を全国に広げたい」。今月3日にあった100回の交流会で、集まった仲間とホルモンうどんを囲んでほほ笑んだ。

【兵庫県西・北部豪雨】 2009年8月9日、台風9号の接近に伴い発生。兵庫県内で死者20人、行方不明者2人(いずれも特別失踪宣告が認められ、除籍。法律上の死亡が確定)。家屋など約3千戸以上が床上浸水などの被害を受けた。

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