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防災を学ぶ生徒と語り合う斎藤宏紀さん(中央)=淡路市富島、淡路高校
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防災を学ぶ生徒と語り合う斎藤宏紀さん(中央)=淡路市富島、淡路高校

 福島市出身で、東日本大震災を経験した斎藤宏紀さん(39)が、阪神・淡路大震災の震源地に近い兵庫県立淡路高校(淡路市富島)で防災担当教諭として語り部育成に力を注いでいる。福島第1原発事故の影響などで、妻の実家がある淡路市に移り住んで6年。古里を離れた自分が被災経験を語るのにためらいがあったが、阪神・淡路を知らない生徒が災害について学ぶ姿勢に感銘を受けた。自ら防災担当に手を挙げ「語ることで災害をわがことと捉えてほしい」と願いを込める。(上田勇紀)

 2011年3月11日、斎藤さんは福島県会津若松市の県立高校グラウンドにいた。ソフトボール部顧問としてノックしていた時、「地割れしそうなほどの横揺れ」に襲われた。生徒を集めて、長い揺れが収まるのを待った。

 その後、福島県では原発の原子炉建屋が水素爆発するなど未曽有の事態が次々と発生。住民らがパニックの中で避難を始めた。斎藤さんは、妻と1歳の長女を淡路市に避難させ、自分は会津若松市に残って、避難所となった高校体育館の運営を担い続けた。

 家族で話し合いを重ね、淡路島に移住しての子育てを決意。兵庫県教育委員会に採用され、13年4月、淡路高校に赴任した。

 同校は、阪神・淡路大震災で建物の8割が全半壊し、26人が亡くなった淡路市富島地区にあり、独自の防災教育に力を入れる。斎藤さんは東日本の被災状況を知る貴重な経験を持つ。だからこそ、たじろいだ。「福島を離れた自分が、福島を語るのは説得力に欠ける」。地元に残る親や同級生らの顔が思い浮かんだ。

 その心をほぐしたのが、防災を学ぶ生徒たちだった。2年の選択授業「防災と心のケア」では、地元の被災者やNPO法人職員、自衛隊員らの話を聞き、北淡震災記念公園(淡路市小倉)で語り部を務める。「阪神・淡路の後に生まれた世代が伝えようとしている。立ち止まっている場合じゃない」。できることをしようと思った。

 17年4月から防災担当となり、写真を使って被災直後の福島を伝えた。昨年8月には、生徒と宮城県名取市や福島県相馬市を訪問。夫と一緒に津波に流され、自分が生き残った女性は、その壮絶な体験を生徒に語ってくれた。

 初めて東北に足を運んだ庭野梨優(りゅう)さん(17)は「経験のない自分が語り部になれるのか不安だった。でも女性に『若い人が伝えてほしい』と言われて勇気づけられた」と振り返る。森直哉さん(17)は「災害時に、防災を学んだ経験を生かしたい」と話す。

 防災担当となって間もなく3年目に入る。斎藤さんは「南海トラフ巨大地震など、災害はいつ起こるか分からない。防災の授業を通じて、生きる力を身に付けてほしい」と呼び掛ける。

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