文化

  • 印刷
塩田武士さん=京都市下京区、JR京都駅
拡大
塩田武士さん=京都市下京区、JR京都駅

 33年前の3月18日、江崎グリコ社長(当時)が、西宮市の自宅から誘拐された。「グリコ・森永事件」の始まりだった。その年、テレビは事件に関する脅迫テープを何度も流した。あの声の子どもは、今も息を潜め暮らしているのではないか-。そんな着想から事件の闇に迫った小説「罪の声」(講談社)が、昨年、山田風太郎賞に輝いた。なぜ今、「グリ森事件」なのか。作者の塩田武士さんに聞いた。(木村信行)

 -着想はいつから。

 「実は15年前から温めていたアイデア。大学生のとき、食堂で関連本を読み、脅迫テープに子どもの声が使われていたと知った。鑑定では未就学児ら3人。ということは、一番下の男の子は僕とほぼ同じ年齢。場所も関西。ならば、遠足や買い物ですれ違ったかもしれない。そうひらめいた瞬間、イメージが広がり、鳥肌が立った」

 -なぜ今、小説に。

 「誰もが知っている昭和の大事件、デビューから9作目になる。少しずつ人間の書き方が分かってきた。筆力が伴うか自信はなかったが、背伸びをして挑戦しよう、と」

 -元神戸新聞記者。警察回りや文化、芸能を担当した10年の記者経験は。

 「もちろん生きている。事件を追いかける主役の一人はさえない文化部記者。まるで当時の僕のような…。『どくいりきけん たべたらしぬで』『けいさつのあほどもえ』など、人を食ったような脅迫状や挑戦状をマスコミに送り続け、劇場型犯罪と呼ばれた。実際に取材した先輩記者から“武勇伝”を聞かされた。小説では「ギン萬(まん)事件」と名付けたが、時系列や事実はすべて当時をなぞった」

 -事実と虚構が溶け合い、境界が見えなくなる。

 「それを狙った。グリ森は2000年2月、時効を迎え、未解決事件になった。だが、それでいいのか。警察をあざ笑うダークヒーローのように社会に受け止められているが、調べるうち、本質は金のために幼い子を巻き込んだ、単に卑劣な事件だと痛感した」

 -実際の事件では「きょうとへむかって、いちごうせんを…」と、金の受け渡し場所のメッセージに子どもの声を使った。

 「僕には今、3歳、11カ月の2人の娘がいる。もし僕がグリ森事件の実行犯だとして、娘の声を利用できるだろうか。絶対にできないと思った」

 「警察が総力を挙げても解けなかった謎の断片をフィクションでつなぎ、事件に利用された子どもの“今”を小説の力で浮き彫りにしたかった」

 -事件のあった1984、85年の新聞を隅々まで読んだ。

 「サラリーマン金融の広告が多く、事件や自殺の背景も多くが金。まさに拝金主義の時代だった」

 「地域のつながりが薄まり、科学捜査も未発達なエアポケットのような時期でもあった。今なら、聞き込みで成果が上がらなくても、衛星利用測位システム(GPS)や防犯カメラがあり、すぐに捕まったのではないか」

 -小説では事件が“解決”する。ある意味でハッピーエンド。

 「その過程はグロテスクそのもの。犯罪とはそういうものだと思う」

 -小説のラストでは、時効になった実際の事件の「現実」を動かしてしまいそうな迫力がある。

 「そう願っている。警察の捜査は終わったが、今も事件を調べ続けるベテラン記者もいる。事件を背負い続けているだろう3人の子どもに重荷を下ろしてほしい」

 -脅迫テープに利用された3人は、生きていれば30~40代。社会の中軸を担う世代だ。今、何をしているだろう。

 「それは分からない。ただ、非常に不利な環境で育っただろう。幸せになっている確率は普通の人より低いだろう。だからこそ、救いを書きたかった」

 -もし会えれば、何と声を掛ける。

 「あなたは本物ですか。そして今、幸せですか、と。ついでにインタビューを申し込みたい。僕の独占で」

 【しおた・たけし】1979年、尼崎市生まれ。関西学院大卒。神戸新聞在職中の2010年、「盤上のアルファ」で作家デビュー。「罪の声」は今年の本屋大賞にもノミネートされている。京都市在住。

文化の最新
もっと見る

天気(9月26日)

  • 28℃
  • 20℃
  • 0%

  • 29℃
  • 15℃
  • 0%

  • 29℃
  • 19℃
  • 0%

  • 31℃
  • 18℃
  • 0%

お知らせ