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水たまりに落ちる雨粒を描いた熊谷守一の油彩画「雨滴」(1961年)=愛知県美術館(木村定三コレクション)蔵
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水たまりに落ちる雨粒を描いた熊谷守一の油彩画「雨滴」(1961年)=愛知県美術館(木村定三コレクション)蔵

 仙人のような風貌にたがわず、無欲に、あるがままに生き、童画にも似たおおらかな絵を残した画家熊谷守一(くまがいもりかず)(1880~1977年)。彼の没後40年を記念した回顧展が、神戸市東灘区御影郡家の香雪美術館で開かれている。油絵、墨画や書、書簡など約70点で「孤高の画家」の人と仕事を振り返る。(堀井正純)

 代表作の「猫」「ヤキバノカエリ」をはじめ、青年期から晩年までの佳作、逸品が並ぶ。初期の油彩画は、大胆で荒々しい筆致と色彩の野獣派風。そこから、極めて単純化された形態と明快な色面による素朴な画風へ変化する。一方、墨絵や書でも、型にはまらぬ飄々(ひょうひょう)たる世界を創出し、まさに仙人の筆のごとき趣だ。

 文化勲章や勲三等を辞退し「画壇の仙人」とも呼ばれた。が、その人生は決して平穏平坦(へいたん)ではなかった。

 岐阜県出身。東京美術学校(現東京芸大)で藤島武二らに師事した。父は初代岐阜市長などを務め、家は裕福だったが、父の急死後、負債のため生活は困窮。97年の長い生涯の間には、濃尾地震や関東大震災に遭遇し東京大空襲も経験している。「5人の子に恵まれたが、極端に寡作のため生活は苦しかった。病気の子を医者にもみせることもままならず、3人を次々と亡くした」と同館の落合治子学芸員。

 「長い悲しみの時間の中で、石ころや草花、猫や虫など、身近な自然の中の小さな命を輪郭線で捉え、線の中を色で塗りつぶし埋めていく作風に到達した」と説明する。この輪郭線で区切る独自の表現について、彼の水墨画の太い線からの影響を指摘する説もあるようだ。

 油彩画「雨滴」は黄土色を主調とした抽象画にも似た傑作。円や楕円(だえん)形の六つの水たまりに雨粒で波紋が広がる。これが絵になると誰が考えるだろう。わずかな色と円からなる画面から不思議なリズム、音楽が聞こえてきそうでもある。

 だが単純シンプルな絵の背後にあるのは、実は細やかで鋭い観察眼。熊谷は地面に寝そべりアリの行列を観察して飽きなかったといい、彼のパトロン木村定三は、熊谷のことを「高速度撮影のカメラのようだ」「超人的な目の所有者だ」と評し、感嘆している。跳ね上がる滴など、スローモーションで捉えたような「雨滴」の一瞬の情景もその目があってこそ生まれたのだ。

 また残された下絵、スケッチの数々は、彼の油彩画が、気ままなものでなく試行錯誤の末、構成されたものだと教えてくれる。

 書や墨絵の融通無碍(ゆうずうむげ)の境地にも驚かされる。悲痛な体験にも、あらがうことなく受け入れ淡々と生きたのだろうか、残された絵の多くには、苦悩や悲しみの影は見えない。絵と自在に戯れているかのようで、何ものにも縛られない画家の「自由な精神」の輝きが画面にあふれている。

 5月7日まで。月曜休館。一般800円。同館TEL078・841・0652

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