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豊臣秀吉が妻の茶々に宛てて書いた自筆の手紙=姫路市本町、県立歴史博物館
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豊臣秀吉が妻の茶々に宛てて書いた自筆の手紙=姫路市本町、県立歴史博物館
豊臣秀吉が妻・茶々に宛てた手紙の一部分。「さすがは秀頼の母だ」と称賛する言葉がつづられている(東京大学史料編纂所提供)
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豊臣秀吉が妻・茶々に宛てた手紙の一部分。「さすがは秀頼の母だ」と称賛する言葉がつづられている(東京大学史料編纂所提供)

 豊臣秀吉が側室の茶々(淀殿)に宛てた自筆の手紙が、兵庫県豊岡市出石町の商家から見つかったと、7日、兵庫県立歴史博物館(姫路市)と東京大学史料編纂所(東京)が発表した。秀吉自筆の手紙が確認されたのは、少なくとも79年ぶり。体調を崩した茶々を優しい言葉で気遣う内容で、専門家は「秀吉の私生活や茶々への愛情を読み解くことができる貴重な史料」としている。10月に同館で開幕する特別展で初公開される。

 手紙は和紙につづられ、縦約45センチ、横約50センチ。掛け軸に貼り、木箱に入った状態で保存されていた。所有する豊岡市内の商家が、2015年に豊岡市教育委員会に存在を伝えた。翌16年6月、同市教委から依頼を受けた同博物館と同編纂所が調査を始め、筆跡から秀吉の自筆と確認した。

 秀吉自筆の手紙は既に約60点が見つかっており、その中で「淀殿」宛ては5点。そのうち3点だけが宛名を「茶々」としている。同編纂所はそれらを1938年に書籍にまとめたが、今回はそれ以来初めての発見になるという。

 茶々は、秀吉が本妻の寧々とは別に迎えた側室で、秀頼(幼名=拾)の母。

 手紙は、秀吉が大坂城に住む茶々に宛てて、1593~96年に書いたとみられる。病を患った茶々が、治療のために苦手な灸を我慢して据えたことを「まんそく申ハかりなく候(とても満足)」と褒め、食事を取るよう「またさいり進候(さんまを送ります)」と約束。さらに追伸で「さすかおひろい御ふくろとミへ申候(さすがは秀頼の母だ)」と称賛している。

 同編纂所の村井祐樹准教授は「秀吉が気配りができる性格だったことが分かる。歴史上の人物の人間性を知る上で絶好の素材だ」としている。

 特別展「ひょうごと秀吉」(神戸新聞社共催)は10月7日~11月26日に開かれる。(宮本万里子)

 ■秀吉から茶々への手紙の現代語訳は次の通り。

 きゅうをたくさんすえたということを聞いていたので、熱が上がるのだろうと心配していたところ、具合が良くなったと聞きました。たいへんに満足です。

 能を企画して見せたいと思っているので、これから食事をしっかり取るように。

 また、さんまを送ったので、味わうように。

 かしく。

 六日

 お茶々へ  太閤より

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