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北山清太郎
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北山清太郎
北山映画製作所の作画風景。黒板を拡大すると「クラブ漫画」の文字が読める
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北山映画製作所の作画風景。黒板を拡大すると「クラブ漫画」の文字が読める

 国産アニメの誕生は1917(大正6)年1月。その数年後にカテイ石鹸の宣伝映画を作ったのは誰か。推測されるのが、美術雑誌の発行からアニメ制作に転じた画家北山清太郎(1888~1945年)だ。

 外国アニメに触発され、手探りで研究を重ねた北山の第1作「猿蟹(さるかに)合戦」は、17年5月に公開。量産体制を整え、21年には日本初のアニメスタジオ「北山映画製作所」を設立した。

 北山とクラブ化粧品との関わりは、これまでも注目されていた。遺品のスタジオ写真には仕事の進行を記した黒板が写り、「ライオン歯科漫画/クラブ漫画」と読める。小林商会(現ライオン)の科学映画「口腔衛生」で北山がアニメのパートを担当した記録があり、「クラブ」はクラブ化粧品を指すと考えられてきた。

 アニメーション史研究家の渡辺泰さん(83)=大阪府寝屋川市=は「北山には宣伝用アニメに先鞭(せんべん)をつけた功績もあり、カテイ石鹸が北山作品の可能性はある」とする。

 北山が官庁の発注で製作した「貯金の勤(すすめ)」(17年)は、宣伝用アニメの第1作とされる。また「アートタイトル」と名付けた北山の芸術的なメインタイトルや字幕は好評で、多くの注文があったことも知られる。

 北山の孫で、伝記を著した安田彪(たけし)さん(70)=西宮市=はカテイ石鹸の文字を取り上げ、「丸ゴシックの書体には北山らしい特徴がある」と判断する。ただ、現存が明らかな北山作品はアニメ「太郎の兵隊・潜航艇の巻」(18年)と教育映画「峠」(32年)のみ。渡辺さんは「比較の材料に乏しく、断言しにくい」と話す。

 国産アニメ生誕100年の年を飾る北山作品の発見となるか、今後の調査が待たれる。(田中真治)

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